| 三 重 |
めでたけれ。播磨路の、誇りも高き中町に播州歌舞伎クラブの10周年を寿ぎつ、今日のよき日に大入り給う花舞台、またも来春NHKホールにて「全国ふるさと歌舞伎フェスティバル」に、寿式三番にてあいつとめまする。
・・・皆様、 ごひいきを。 |
| 陰から |
御上使 |
| 侍 従 |
なに、御上使とな。ソレお出迎えを。 |
| 浄瑠璃 |
<お入り。・・・供もあらせず入り来るは、掘川御所に隠れなき、武蔵坊弁慶。・・・へり塗り取って打ちかづき、大紋の袴ふみしだき、むづと座して一礼し・・・> |
| 弁 慶 |
存じたとは違うて、みずみずとした御顔色。まずは、安堵仕る。 |
| 浄瑠璃 |
<申し上ぐれば、卿の君> |
| 卿の君 |
オオ、めずらしや、武蔵坊。わが君様にも、御機嫌ようましますかや。 |
| 浄瑠璃 |
<お言葉あれば、武蔵坊> |
| 弁 慶 |
その仰せのすこやかさ。これと申すも、侍従殿ご夫婦のお育てがらの甲斐が見え、まずは祝着に存ずる。 |
| 侍 従 |
これはこれは御挨拶。ご主人ながら御平産(へいさん)あるまでは、わが館に預り奉る卿の君様。義経公の御前、幾重にもお取りなしを。 |
| 弁 慶 |
アイヤ、その取りなしには及ばぬこと。すべて取りなしというは、かなり八合なる事を十分に言うが取りなし。この弁慶、それ嫌い。見た通り真直ぐ君に申し上げなば、君にもさぞや御満足。これからの話は、侍従殿ご夫婦への話ではござらぬ。卿の君様、ようくお聞き下され。総じて武士が戦場へ赴くときは、三忘と申して忘るる事が三つござる。まず、國を出ずる時は家をば忘れ、境を過ぎる時には妻子を忘れ、すわ戦場に臨んではわが身を忘るる。婦人懐胎も真っそのごとく。すでに月満ちお産の紐を解かるるは、勇士戦場に臨み、よき敵ござんなれと引き組んで、首を取るか、取らるるか、よい子を生むか、よう生まぬか、生きるか死するか、生死の境。すでになき身と思し召 さば、その期に臨んで未練なふるまい、いたされるな。ウフハ、ウフハ、ハハハハ ・・・。拍子に乗って馬鹿なこと、ウフハ、ハハハハ。肝心の内談、遅うなった。何かの事は奥殿にて、侍従殿。
卿の君様には、まずは入らせ遊ばされましょう。 |
| 侍 従 |
イザ、お通り、御案内。 |
| 浄瑠璃 |
<侍従夫婦が先に立つ、後に引添ふ武蔵坊。鎌倉殿の難題を、つい打ち明けて言いばえに、しばらく心、奥の間に打ちつれー(間)ウーム、エー、エー、エイー(弁慶の入り)・・後打ち見やり腰元しのぶ> |
| しのぶ |
さらば、この間にちょっと母(かか)さんに。 |
| 浄瑠璃 |
<この頃は、お顔も見ず、おなつかしやと立ち寄れば・・・> |
| おわさ |
オオ、そなたも息災(そくさい)で嬉しい嬉しい。コレしのぶ、たとへ御前様の御意に入(い)るとも、必ず必ず傍輩衆(ぼうばいしゅう)を袖にすな。出かし立てして嫉まるるな。林の中でも高い木は・・・。 |
| 浄瑠璃 |
<風が枝をば折るぞよと> |
| おわさ |
一人寝覚(さ)めの度ごとに、ためておいた数々も、逢(あ)へば嬉しうて口へは出ぬ。 何を言うても身が大事、煩(わずろ)うてばし、給(たも)んなや |
| 浄瑠璃 |
<手を取り交わす親と子の、わりなき風情ぞ道理なり。ややあって侍従夫婦、奥より出づるも屈託顔。おわさ見ばやく> |
| おわさ |
これはこれはお二人様。どうやらお顔の色悪う、お気の浮かぬ御容態。御内談とは、マ、何事でござりまする。 |
| 浄瑠璃 |
<言うに花の井、差し寄って> |
| 花の井 |
サレバイノウ。きょう武蔵殿来られしは、義経公には反逆人・時忠の娘、卿の君を妻と定めいるからは、これ同腹。一味でなくば姫君の、首討って渡せよと、鎌倉殿の御難題。 |
| 浄瑠璃 |
<お小さいより夫婦の者が手塩にかけ、育て上げた姫君様、そもやお首が切れようか。何で刃(やいば)が当てらりょう> |
| 花の井 |
弁慶殿も打ちかねて、とつおいつ思案の上、お身代りを立てまいか。サ、そのお身代りに誰かれと詮議の上、年の頃、みめかたち、面ざし似たる、それその信夫(しのぶ)。ササ、夫婦の者の苦しみを、推量(すいりょう)してたもいのう。 |
| 侍 従 |
浮世の中の無心というに、これに上こす無心はあるまい。惜しまぬ命は二つあれど、一つも今日のお役に立たぬ。本意(ほい)なさ、無念さ、悲しさを、推量致せ親子の者。 |
| 浄瑠璃 |
<始終の様子聞くしのぶ、涙を押へ傍により> |
| しのぶ |
十年(ととせ)にあまる宮仕へも、たった一日御奉公申しても、お主(しゅ)様には違いはない。ふつつかな私でも、お役さへ立つならば・・・。 |
| おわさ |
ア・コレ、ア・コレ、コレしのぶ。何をコレ、母をさておき、つかつかと物言やんな。コレそなたは、そちへ行っていや。コレ何を・・・。
ハイ、ハイ、ハイ、イヤ申し、この子は、アノ、私一人で出来た子ではござりませぬ。顔も知らず名も知らぬ、父親(てておや)がござりまする。その父親に手渡しするまでは・・・。 |
| 侍 従 |
アア、コリャ、コリャ、コリャ、いかにうろたえばとて、母親ばかりで出来る子が、三千世界にあろうと思いおるか。その上、顔も知らず名も知らぬ父親を尋ね手渡しするとは、何を証拠に尋ねるぞ。あのここな偽り者め。
コリャヤイ、子心にさえ、主従の道をわきまへおるに、ハーァ、見下げはてたる女め。娘を連れてはよ帰れ、はよ帰れ。ササ、花の井こちへ。 |
| 浄瑠璃 |
<と立上る。のうー、コレ、待って下さりませ> |
| おわさ |
偽り者と言われては、親ゆえこの子の道立たず。顔も知らず、名も知らぬ、夫を尋ねるしるしはコーレ。 |
| 浄瑠璃 |
<上の一重を押し脱げば、右は変わらぬ詰め袖に、左ばかりは振り袖の、濃き紅(くれない)の染め模様。橘ならぬ袖の香の昔ゆかしく、忍ばしく。娘が聞くまえ恥しき、昔ばなし・・・> |
| おさわ |
もと私は、播州姫路の近在福井村、本陣の何がしこそ、私の父母。十八年以前、頃は夜も長月の二十六夜の月待の夜、あまた泊りの、その中に・・・。 |
| 浄瑠璃 |
<二八(にはち)あまりの稚児(ちご)姿。こっちに思へばその人も、すれつもつれつ相生の、松と松との若みどり、つゆの契りが縁のはし。オオ、恥かしや、つい暗がりのまころび寝に、つらや人の足音に、恋人も驚きて、起きゆくたもとを引かゆるを、振切り急ぎゆく拍子に、ちぎれてわが手に残りしは、この振袖。仮(かり)寝の情は浅けれども、妹背(いもせ)の縁や深かりけん。
・・・その月より身重懐胎し> |
| おわさ |
跡にて何と詮方(せんかた)も、産み落せしはこのしのぶ。縁あればこそ子までもうけしもの。この振り袖をしるべにて、再び尋ねあわんと、マ、国を・・・。 |
| 浄瑠璃 |
<さまよいめぐりし憂(う)き艱難(かんなん)。アアー、いまに尋ね逢わねども、女の念力、これこそは娘よ父よと名乗り合いするそれまでは・・・> |
| おわさ |
身にも代えぬ大事な娘、お役に立てぬは右の訳。卑怯未練でない申し訳、娘には、どうぞお暇を下さりませ。コレしのぶ、サ立ちゃ立ちゃ、エエコレハシタリ、立ちゃいのう。 |
| 浄瑠璃 |
<と言えど立ちかね、見捨てかね、親子心の隔ての一重。始終聞き入る武蔵坊、しのぶが背ぼね障子越し、ぐっと刺(さ)いてひとえぐり。ウーンと悶(もだ)ゆる苦しみに、傍で見る目の三人は、呆れ果てたるばかりなり。母は泣くやら、気は狂乱・・> |
| おわさ |
これしのぶ、しっかりしや、これしのぶ。しっかりしや、これしのぶ、アーこれしのぶ、しっかりしや、これしのぶ。これしのぶ、これしのぶ、これしのぶ。しっかりしや、しっかりしや、しっかりしやえのうー。・・・さては夫婦と言い合せ、大事の大事の娘をば、むごたらしゅう殺しやったなぁ。サササ、元の様にして返しゃ、元の様にして返しゃ。胴欲な人々じゃなぁー。 |
| 浄瑠璃 |
<泣くより外の言葉なき、一間の内に声あって> |
| 弁 慶 |
ヤア、ヤア、方々騒がれるな。武蔵坊弁慶、それへ参って事情つぶさに、言い聞かせん。 |
| 浄瑠璃 |
<弁慶、真ん中に、すっくと立ち・・> |
| 弁 慶 |
これには段々深き仔細(しさい)のあること。とこ吠(ほえ)えずと、これを見よ。 |
| 浄瑠璃 |
<押肌脱げばこは如何(いか)に、下着の衣(きぬ)の紅に、大振り袖の伊達模様。おわさ、目早く・・・> |
| おわさ |
ヤヤ、その振り袖は? |
| 弁 慶 |
オーサ、この片袖はそっちにあるはず。いつぞや播州福井村にて、しばしの仮寝。さては、汝(なんじ)であったよな。 |
| おわさ |
エエッ、そんならお前がその時の、ああ、まあ、お稚児さんかいなあー。 |
| 弁 慶 |
オーサ、書写山の鬼若丸だ。 |
| おわさ |
エー (しばし三味線) オー、そんならこの子は、お前の子じゃないかいなあー。 |
| 弁 慶 |
オーサ、初めてつら見る仮寝の父親。殺したはお主(しゅ)の身代りだー |
| おわさ |
ワァー |
| 浄瑠璃 |
<ワァーと、ばかりに母親は、娘の傍(そば)に立ち寄って・・・> |
| おわさ |
コレ、しのぶ、コレしのぶ、あれを聞きゃったかいの。あれを聞きゃったかいの。そなたの父御(ててご)というはのう、あれにござる。アノ、べ、べ、べ・・・弁慶様じゃといの。ササササ、ちゃっと御対面申しゃいのう。 |
| 浄瑠璃 |
<と、抱き起せば、起されて> |
| しのぶ |
かかさん、何やらおっしゃるそうなが、耳が聞こえぬ、もう目が見えぬ。私しゃ今ここで殺されても、お主様の身代わりになると思えばうれしいが、親一人、子一人の・・・。 |
| 浄瑠璃 |
<私に別れて頼りない、お前のお身が案じられ、そればっかりが黄泉(よみじ)のさわり> |
| しのぶ |
イヤ申し、御夫婦様。頼りのないかかさん、どうーぞ、お頼み申します。また、かかさんも今からは、お二人さんを大切に、お身を大事に長生きして、ととさんにめぐり合い、仲よう暮らして下しゃんせ。また折々は私も・・・。 |
| 浄瑠璃 |
<ふびんと思い朝夕の、御回向(えこう)頼み上げまする。そればっかりがという声も、次第、次第にせぐりきて・・・> |
| おわさ |
これしのぶ、しっかりしやえ、、これしのぶ、しっかりしやえ。 |
| 浄瑠璃 |
<母は死がいを抱き上げ> |
| おわさ |
コレ、しのぶ、ま一度ものを言うてたも、もう一度言うてたも。これが一世の、これが一世の別れかいのうー。言うて返らぬ事ながら、背丈伸びるに従(したが)いて、ただととさんに逢いたいと、慕(した)う子よりもこの母が・・・。 |
| 浄瑠璃 |
<どうぞ逢いたい、逢いたいと、尋ねさまよい国々を、めぐりめぐりて今ここで、逢わぬがましであったもの、アアアー> |
| おわさ |
死ぬる今はの際(きわ)までも、誠(まこと)の父と知らずして、母をかばいし心根が、いじらしいやら、不憫(ふびん)なやら。この胸を裂くような、こればっかりに引かされて。 |
| 浄瑠璃 |
<三途の川と、死出の山> |
| おわさ |
迷うてたもんな、迷わぬよう。道は一筋、はるばるぞや。 |
| 浄瑠璃 |
<法の光や燈火(ともしび)の、影を力にとぼとぼと、歩む姿を目の先に、今見るように思われて、可愛いわいのとばかりにて、空しき死がいを抱きしめ、アアアー、声も惜しまず、泣き居たる。・・・弁慶、涙押し隠し> |
| 弁 慶 |
最前よりの汝の話、聞くと等しく、さてはわが子と知るよりか。生き顔も見たかりしが、なまなか見つ見せては、未練な心も起らんものと、腕に任せてえぐりしもの。ナーニ、ひとたまりもこたえらりょうか。われ生れてよりこの年まで、後にも先にも、たった一度でござつた。アーア、ほて轉合(てんがう)な事をして、生れしわが子と聞くよりか、憎かろうか、可愛いかるまいか。そちがそのように泣くを見て、太郎夫婦が居やらずばと、泣くより泣かぬ、苦しみはな、ナナ、コリャー。 |
| 浄瑠璃 |
<鳴く蝉よりもなかなかに、鳴かぬ蛍が身を焦す。小唄もわが身に知られたり。これにつけても親の恩・・・。> |
| 弁 慶 |
唐土(もろこし)のはんかいは、母の小袖を母衣(ほろ)と名づけ、戦場まで持ったりと聞く。それに学ぶにあらねども、この小袖は母の手づからたまわりしが、汝に片袖取られたれど、亡き母にそう心地して、縫いも直さずこのまま・・・。 |
| 浄瑠璃 |
<四国九国、一の谷へも押し立て、オオオ、押し立て> |
| 弁 慶 |
あやうき難をのがれしも、これぞ一重に親の蔭(かげ)。年月重ね肌身離さず持ちし故、顔も知らず名も知らぬ、親と子が・・・。 |
| 浄瑠璃 |
<しるしとなって17年目に、めぐり逢い、主君の絶対絶命の大事のお役に立ったる事> |
| 弁 慶 |
これぞ、一重に母の陰。この小袖に手を通し、親子一緒に引合せ給うか。ハハ、ハハ、ハハハハハーハ。 |
| 浄瑠璃 |
<無辺の親の慈悲> |
| 弁 慶 |
オオ、よく死んだ。 |
| 浄瑠璃 |
<出かしたー> |
| 弁 慶 |
せめて息あるその中に、われこその誠の父親ぞと。 |
| 浄瑠璃 |
<こんな顔(つら)でも見せたなら> |
| 弁 慶 |
さぞ喜ばんものを。こればっかりが、こればっかりが、ザザザザ・・・残念だー。
(弁慶、大泣きする) |
| 浄瑠璃 |
<生まれた時の産声より、ほかには泣かぬ弁慶の、三十余年の溜め涙、一度に乱すぞ、果てしなき。・・・武蔵は心を取り直し> |
|
弁 慶 |
今なりしは、はや八つ時。卿の君の首受け取ろうか、侍従殿。 |
| 侍 従 |
オオ、心得たり。 |
| 浄瑠璃 |
<しのぶが死がい引寄せて、あえなく首を討ち落し、返す刀でわが弓手の脇にぐっと突立つれば・・・> |
| 花の井 |
侍従殿、何故(なにゆえ)の御生害(しょうがい)。 |
| 弁 慶 |
こりゃ、侍従殿、何故の御生害。 |
| 侍 従 |
ヤレ騒がれるな、ム、武蔵殿。(苦しい息遣いで)卿の君の首、侍従太郎のこの首を、添えて渡せば天地を見抜く梶原も、造り花とはよも思うまい。
サササ、早う首打たれよ、ム、武蔵殿・・・。 |
| 弁 慶 |
オオ、心得たり |
| 浄瑠璃 |
<心得たりと抜きはなし、ひらりと見えし刀の影、首は前にぞ落ちにける。立直って大音上・・・> |
| 弁 慶 |
ヤー、門前に控えし武蔵が家来、ようーく聞け。卿の君の御首、侍従太郎が二つの首、ただ今受取り、立ち帰るぞ。 |
| 浄瑠璃 |
<それと知らすも胸あって、館に響く計りなり。すぐに袂(たもと)を押し切り、押し切り、二つの首を包むにあまる目にもる涙よ> |
| 弁 慶 |
さらば、さらば、おさらばー(おわさ、花の井とのかけ合い) |
| 浄瑠璃 |
<二つ嘆きを一筋に、見捨てて、御所へぞ立ち帰る。> |
| (幕) |
|
| 平成15年10月19日 / 佐用郡南光町「上三河の舞台」での公演 |