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傾城阿波鳴門 どんどろ大師の場 前半
(38分 99.8MB)
傾城阿波鳴門 どんどろ大師の場 後半
(36分 94.6MB)
傾城阿波鳴門 どんどろ大師の場 前半
(38分 14.7MB)
傾城阿波鳴門 どんどろ大師の場 後半
(36分 13.9MB)
  • 登場人物
    • お弓(おつるの母)
    • おつる(巡礼)
    • 妙天(尼)
    • 妙珍(尼)
    • 右近(狂言師・男)
    • 左近(狂言師・女)
右近 左近さん、今日は月に一度のお大師さんの祭礼、しっかり稼ぎましょうな。
左近 ええ、ご贔屓のみなさまに喜んでいただけるような踊りをお見せいたしましょう。
右近 そうじやとも。それじゃ左近さん。
左近 右近さん
右近 少しも早う参りましょう
(右近・左近、舞台中央まで出てくる)
右近 左近さん、まだ参詣の人も少ないようやし、しばらくここで休みましょうかいの。
左近 あいなあ。
(妙天・妙珍、出てくる)
妙珍 妙天さーん、妙天さーん、妙天さん妙天さん妙天さん・・・ちょっと待ってえな、妙天さん妙天さん。
妙天 なんじゃなあ、待て待て言うて。あんたもう少し速う歩けんのんかいな。
妙珍 なに言うていますのや。あんたの足が速いのや。.もうしんどうてしんどうて・・・
妙天 ごちゃごちゃ言わんと、さあ、早う行きましょう行きましょう。
妙珍 妙天さん、この茶店でブブ飲ましてえな。
妙天 困ったお人やな。しかたがないわ、ホナそないしましょ。
妙珍 おおきにおおきに。(お茶を飲む) あ、これでやっと息がついたわ。ああ、おいしかった。
妙珍 おお、右近さん左近さん、お二人おそろいで・・。ア、わかった、今日はお大師さんのご命日。人出をあてこんでのご商売。結構なことで。
左近 イエイエ、わたしどものような未熟者は・・・。
妙天 とんでもない、ご立派なもので。がんばっとくんなはれや。
左近 おおきに
妙珍 (大きな声で)妙天さん!
妙天 なんじやな、びっくりするがな。
妙珍 ウチ、えらいことしてしもうた。
妙天 なにがいな。
妙珍 じつはな、ゆうべ、ソレソレ、おまえも知ってのお弓さんに会うてな。明日、お大師さんのご命日ゆえ、ご一緒しましょか。ワテが必ず迎えに行きますと、かたい約束したのに、すっかり忘れてしもうたがな。
妙天 なんじゃ、お弓さんを忘れた。そりゃまた偉い人をわすれたなあ。妙珍さん、あの人、おさむらいさんのお内儀さんやで。そんな人を忘れるやなんて・・・あんた、えらいことしたなあ。
妙珍 どないしょう。
妙天 どないもこないも、おまへんやないかいな。一体どないする? えらいことやでアンタ。首がまえに「コロリ」・・知らんで知らんで知らんで。ア、妙珍さん、ウワサをすればかげとやら。アレアレ、向こうから来やはるのは、お弓さんとちがうか。
妙珍 ア、お弓さんや。ドウショウ、ドウショウ(と歩き回る)。
妙天 アアア・・・妙珍さん。そうあわてんと、ワテにまかしなはれ。わたしがあんじょう言うたげるよって、あんた、あの茶店の中に隠れてなはれ。そして私が出てきい言うまでは、出たきたらあきまへんで。ワカッタナ、ワカッタナ。
(妙珍、茶店にかくれる)
妙天 しかしお弓さん来やはったら、どない言おうかいな。こりゃまあ、ひょんなことを頼まれたなあ。
<三味線>  (お弓出てくる)
妙天 チョッ(右手で) チョッ(左手で) チョッ(右手で)
お弓 オオ、これはこれは、だれかと思えば妙天さんじゃないかいな。
妙天 やっぱりお弓さん。ようにてはる人やなあと思うていましたんやけど、やっぱりお大師さんにおまいりに。
お弓 アイナア。
妙天 そーですか。それでお一人で。
お弓 オ、ソウソウ、そのことであなたに聞いてもらいたいことがありますのや。じつはなあ、ゆうべ妙珍さんに会いましてな。「あしたお大師さんのご命日ゆえ、ごいしょにお参りしましょうか」と言われましてな。「ではごいっしょに」と申しますと「迎えに行くゆえ、かならず待っていてくだしゃんせ」と言われ、待てとくらせどお見えにならず、こりやてっきりだまさたと腹を立てて、お参りに来ましたワイナア。
妙天 え! そんならお弓さん、あの妙珍と約束?そりゃあかんわ!お弓さんも、人見て約束しなはれ。アンタ、妙珍なんかと約束するちゅうことがありますかいな。あの妙珍は「ウソツキの妙珍」ゆうて、とおってますのやで。嘘つきは泥棒のはじまりということがありますやろ。あの妙珍は、ひょつとすると・・・(あたりを見回しながら)泥棒かもしれまへんで。
お弓 マア、そんなお人とは見えまへんけどなあ。
妙天 マアマア、お弓さんも人のよい。気いつけなあきまへんで。
<拍子木に合わせ、怒った顔で妙珍が出てくる>
(妙天のむなぐらをつかんで、怒った大きな声で)
妙珍 妙天さん妙天さん、アンタ、言うてええことと悪いことがありまっせ。いつ、私がウソつきました。いつ物を盗りました。いつ、泥棒しましたんやねん!
妙天 マアー、マアー、マアー。それもこれも話しのはずみで・・・。
妙珍 なにが話のはずみじゃい! ヨウまあ、このうそつきめ!(頭をたたく)
妙天 アイタ・・・あんた口で言うたら、口で返しなはれ。何も、手を使うこと おまへんやないかいな。そんなら・・・(頭をたたく)
妙珍 アイタタ・・・やったな。
(二人はつかみあいのけんかになる)
(右近、左近、出てきて止めに入る)
お弓 マアマア、お二人。このような人通りの多いところで、尼さん同士の争いは、みっともよいものではござんせん。まあまあ、この場は私にめんじて仲良ようしてくだしゃんせ。
妙珍 お弓さん、けさはすっかり忘れてしもうて・・・。お誘いすると言いながら、エライすみません。堪忍しておくれやす。
お弓 なんのいな妙珍さん。私はもう何とも思っておりませぬゆえ、これから先も仲良うに・・
妙珍 おおきに・・
妙天 妙珍さん、私が悪かった。つい口が滑って・・。堪忍してな。
妙珍 何の何の、もとを言えば、私がお弓さん忘れたのがいかんのや。あんたにもえらい迷惑かけましたなあ。
右近 出来ました出来ました お二人さん。これから先も仲ように・・・
左近 互いを結ぶ 舞ひとつ
妙天・妙珍 ヨウヨウ(と、拍手する)
(右近・左近 鶴亀おどり)
(妙天、妙珍、お弓が拍手する)
妙天 けっこうけっこう。いつ見てもお二人さん、踊りは立派なものですな。なあ、お弓さん
お弓 けっこうでござりまする。これで私も、気が晴れました。お二人さん、少のうござんすが、私の気持ち・・・(と、紙に包んで渡す)
右近 これはこれは。誠にありがとうございます。ボチボチ、境内も賑やかになってまいりましたゆえ、私共はこれで・・
妙珍 そうかいなそうかいな。それではお二人さん、おきばりやす。
右近 ハイ ありがとうございりまする。それでは お三人さま ごめんなされ てくださりませ。
(右近・左近、退場)
妙天 よかったよかった。これでなにもかもスーとしましたな。
妙珍 わたしもスーとしました。妙天さん、スーとしたひょうしにおなかのほうもスーとしました。妙天さん、お弁しましょうか。
妙天 マアこの人は・・・。まだ お昼まではだいぶんありまっせ。そんなはよからお弁したら・・・というところやけど、食べましょか。お弓さん、わたしらここでお弁しますが、お弓さんは・・・。
お弓 アイ、わたしはなあ、今しがた向こうの茶店で軽くすましてきましたゆえお二人さん、とうぞご遠慮なく。
妙天 さよか。そんなら妙珍さん、いただきましょか。
妙珍 そうしましょう。わもし茶店でゴザかつてきますわ。
(ゴザを借りてきて・・・)
サアサア ここへひきましょうか。
妙天 そこはやめなはれ。それそれそれ、そこに水たまり。
妙珍 そうやなあ、ホナ、ここにしようか。
妙天 妙珍さん、よう見てみなはれ。そこは馬のふんがあるやないかいな。ここやここや。ここなら眺めもよし、ここでいただきましょ。
妙珍 ドッコイショ。 こんな眺めのよいころで食べるお弁て、おいしゅおすな。
(弁当を食べながら、口をもぐもぐさせ・・・)
ところでなあ、妙天さん。アンタ、この浪花の土地のことは、なかなか詳しいんでっしゃろ。
妙天 そらまあなあ、長いこと住んでるさかい、詳しいといえば詳しいけど。
妙珍 そんならたずねるけど、アノ、むこうの方にズーとながれる川、あれは何という川やの。
妙天 ドレドレ、あれかいな。あれはなあ、有名な淀川ゆうのやないかいな。
妙珍 ア、ソーカ一、あれが淀川かいな。ソ、ソ、ソ・・・そんなら こっちの高い塔は・・・。
妙天 ドレドレ、あれかいな。あれはなあ、有名な天王寺さんの五重塔やないかいな。
妙珍 ア、そう。そんなら、こっちは・・・イヤイヤ、あっちのあれは・・・イヤイヤ、向こうのあれは・・・妙天さん 妙天さん 妙天さん
(妙天、びっくりして、握り飯を喉につめる)
妙珍 アレ  妙天さんが目をむいている。妙天さん 妙天さん 妙天さん!お弓さん、妙天さんが 妙天さんが 妙天さんが・・・
(お弓、妙天にお茶を飲ます)
お弓 妙天さん、しっかりしなはれ。
妙珍 妙天さーん 妙天さーん 妙天さーん
妙天 オーキニ、オーキニ、オーキニ お弓さん。すんまへなんだなあ。 妙珍さん! アンタがアッチコッチ言うさかい、それに答えようとした拍子にお握りが喉につまってもう少しで死ぬところやないかいな! お握りと心中するところでしたなあ。
浄瑠璃 <年はようようと 道にかけたるおいずるに 同行二人としるせしは ひとりは大師の かげたのむ>
おつる 巡礼に、ごほうしゃー (高い声で 一本調子で)
浄瑠璃 <言うもやさしき 国なまり>
妙珍 (大声で)そおれッ、出た!
妙天 妙珍さん、出た出たて、何が出ましたんや
妙珍 か、か、かみなりの子が出ましたんや。
妙天 なんじゃ、かみなりの子?
妙珍 それそれ・.・・そこにタイコとバチもって立ってまっしやろ。
妙天 ドレドレドレ、かみなりの子ゆうて? ・・・なあんじゃいなあ、かわいらしい巡礼の子やないかいな。マアマア・・ホホホ・・・タイコとバチやなんて、笠と杖やないかいな。妙珍さん、見てみなはれ。
妙珍 アレ、マア、ホンマヤ。かわいらしい巡礼さんやないかいな。妙天さん、お大師さんのご命日に、この子と出会うのも何かの縁、報謝(ほうしや)しましょうか?
妙天 ソヤソヤ。そりゃあ、ええことやないか。
妙珍 そんなら、もしもし、ご報謝いたしましょう。
おつる ありがとう、ござりまする。
妙珍 いいえ、妙天さん、あんたも報謝しなはれ。
妙天 分かってますがな。わたしらな、あんたみたいなケチなことしまへんで。サアサア、ご報謝しんぜましょう。
おつる ありがとうござりまする。
妙天 いいえ、どういたしまして。 妙珍さん、アンタ一体、なんぼしたんや? ワテかいな、ワテな・・・一文。
妙珍 アーキタナ、一文くらい。それでや、あんたの時は声が小さい(小声で)
妙天 「ありがとうござります」 あたしがドーンとほうしゃしたら(大きな声で)「ありがとうございます」と声がちがうがな。
妙珍 それで アンタ、一体なんぼしなはったんや。
妙天 ワテかいな。ワテはなあ、清水の舞台から飛び降りたつもりで・・・一文
妙珍 ナンヤ、それやったら、ワテとチョボチョボやないかいな。
妙天 モシ、お弓さん。あそこにかわいらしい巡礼さんが来てますねやけど・・
お弓 ホンにマア、かわいらしい巡礼の子。ドレドレおばも報謝いたしましょう
おつる ありがとう、ござります。
お弓 見れば見るほどかわいらしい子ですなあ。
妙天 そうですやろ。ところでなあ、妙珍さん。この子どこから来たのやろなあ。
妙珍 そうですな、ちょっと聞いてみましょうか。コレコレ、そこな子。そなた、国はどこじやえ?
おつる アーイー、国は阿波の徳島でござりまする。
妙珍 阿波の徳島? ソーカ、阿波の徳島、阿波の徳島・・・
妙天 妙珍さん、あんた、よう知ってるように言うてるけど、阿波の徳島ゆう所知っているんかいな。
妙珍 知りまへんっ。せやけど、遠いところでっしゃろ。
妙天 そんな遠いところから、この浪花まで来るということは、さぞかし親ごさんといっしょに西国するのであろうな?
おつる イエイエ、そのととさんや、かかさんに会いたさゆえ、西国するのでござりまする。
妙珍 (大声で)なんじゃ? ソナタ一人、ととさんやかかさんを尋ねて西国するとは、そりやまたどうした訳じゃいのう。
お弓 どうしたー訳かー知らぬけど、ワシが三つの時、ばばさまに預けておいてどこへやら行かしゃんしたげな。それでワシひとり、ほうぼうと西国するのでござりまする。
妙珍 なんじゃ、三つの時にババさんに預けておいて、どこへ行ったとは、こんなかわいい子をババさんに預けておいて出て行くとは(大声で)妙天さんこの子の親は人間やおまへんで。
妙天 ホンマヤホンマヤ。こりゃ人間やない。鬼や、鬼やで!
妙珍 ソーヤ、スッポン!
妙天 亀の子
妙珍 ドジョウ、ナマズ、エーイ、いっそのこと・・・
  〈走って出て行こうとする>
妙天 ア、コレ妙珍さん、あんた血相かえてどこへ行くのや
妙珍 ドーコーへ!行くとは知れたこと、これから阿波の徳島へのりこんで、この子の親にくらいついてやりますのや
妙天 妙珍さん、はやる気持ちも分かるけど、アンタ、この子の親の名をご存知かえ。所はえー、よしまた分かったとしても、この子の親が安閑として待っていましょうか。そこに心のつかざるとはまだ了見が<拍子木>、 あまい、あーまーい!
妙珍 それじゃとゆうて・・・
妙天 せいた清兵衛、3日目に死んだ。ひとまずこの場はー、帰って来なはれ。
妙珍 妙天さん、どうしよう
妙天 もっともじゃ
妙珍・妙天 どうしよう
もっともじゃ <妙天・妙珍 繰り返し>
妙天 どうしようぞいなあ、もっともじゃわいなあ。こんなところで芝居しよる場合やおまへん。妙珍さん、この子の親の名を聞いてみなはれ。
妙珍 そうですな、これこれ巡礼の子、そなたのととさんの名は何というぞいな?
おつる アーイー ととさんの名は阿波の十郎兵衛。
妙珍 してして、かかさんの名は?
おつる アーイー、 お弓とー申します。
浄瑠璃 <聞いて びっくり>
お弓 何と言やる。 ととさんの名は阿波の十郎兵衛、かかさんはお弓。三つのときババさんに預けられていたとはいえ・・・
浄瑠璃 <見れば見るほど 幼な顔 見覚えある額のホクロ ヤレ 我が子とか 懐かしやと言わんとせしが> (お弓、キセルを落とす)
妙天 お弓さん、キセール
お弓 オーキニ
浄瑠璃 <まて しばし。夫婦は今も 取られる命 親子と言えば この子 どんな憂き目がかかるやら。名乗らでこのまま帰さんと 心しずめ よそよそしく>
お弓 年はもいかぬに お二人さん 不憫なことでござんすな
妙天 ソーデッシャロ かわいそうな子だすな。
妙珍 妙天さん、妙天さん!
妙天 なんじゃいな。
妙珍 アノナ、あの子がさっき、かかさんの名はお弓と言うとったなあ。お弓ゆうたら(お弓を指さして)ソレソレソレ・・・
妙天 お弓さん、アーノ、ちょっとお尋ねいたしますけど、さっきあの子が、か
妙珍 かさんの名はお弓と言うとりましたんやけど、あんたもお弓さん、前に徳島生まれと聞いたことがありますのやけど、徳島のお弓さん、ひょっとしてあの子、(強く)あんたの子では?
お弓 マア、なにを言わんすぞいなあ。なるほど、わたしの生まれも阿波の徳島名もお弓ともうします。しかし阿波の徳島と言うてもひろうござんす。また、お弓とゆう名もたんとあること。それにあの子のととさんの名は十郎兵衛、(大きく)私の夫は銀十郎。それに、私は「生まず」でござんす。
妙天 それみなはれ、わたしは聞きとうない聞きとうないゆうのに、聞きなはれ聞きなはれ。恥かいたやおまへんかいな。あの子、ととさんの名は十郎兵衛、私の夫は銀十郎。それに「生まず」や言うてはるやないかいな。「生まず」の人に子があるかいな。
妙珍 そりゃそうじゃなあ・・・
妙天 もうそんなこと、どうでもええがな。早うお大師さんにお参りしましょ
妙珍 ソーヤ、お大師さん、すっかり忘れとったわ。
妙天 お弓さん、わたしら、もう日が高こうなりましたことやし、大師さんにお参りしましょうか。
お弓 アイ、お二人さん、わたしはあの巡礼の子ともう少し話をして参じます。同じ徳島といえばなつかしい。国のようすも知りたいゆえ、どーぞ、お二人さん、お先きに参詣して下しゃんせ。私もあとから参じます。
妙天 そら、そうですな。妙珍さん、そんならお参りしましょうか。
妙珍 ソウですな。、お弓さん、おさきに。妙天さん妙天さん。
妙天 なんじゃな。
妙珍 あの子の国はどこやったかいな。
妙天 国かいな。国は米の国やがな。
妙珍 こめ?
妙天 イヤ、麦?
妙珍 むぎ?
妙天 いや、ひえ。エート(考える)米やのうて、麦やのうて、粟あわ・・・ソーヤ、あわの国や。
妙珍 ソーヤ、あわの国や。ととさんの名はなんやったかいな
妙天 もう、もの忘れのはやい人や。七郎兵衛や。
妙珍 七郎兵衛?
妙天 イヤ、八郎兵衛? 九郎兵衛やのうて、十郎兵衛。ソーヤ、十郎兵衛。
妙珍 十郎兵衛、十郎兵衛、国が阿波で、ととさんの名が十郎兵衛。
妙天 国が阿波。
妙珍 ととさんが、十郎兵衛。
妙天 国が阿波。
妙珍 ととさんが、十郎兵衛。 (続けて3回くらい繰り返す)
妙天 あわ十に、いんではこの胸が・・・
妙珍 すまアぬ、妙天さん。
妙天 妙珍さん。
妙珍 水たまり。
妙天 はばかりさん(ピョンととぶ)
妙珍 さあ(傘をひろげて)行きましょう行きましょう行きましょう。
  (二人、入る)
浄瑠璃 <お弓はあとをうちみやり>
お弓 これ、そな子、ここへおじゃ。
おつる アーイ。
(お弓、ゴザをもってきて敷く)
お弓 ここへおじゃ、ここへおじゃ、ここへ腰を下ろすのじゃ。さぞかし足の痛いことであろう(足をさする)年はもいかぬに、はるばると、よう訪ねてきやしゃんしたのう。その親た ちが聞いてなら、さぞ嬉しゅうてさぞ嬉しゅうて、飛び立つようにあろうがの。ままならぬが、世のうきふし。可愛い子をふり捨て、国を立ち退く親ごの心。よくよくのことであろうほどに、むごい親じゃと必ずかならず恨まぬがよいぞえ。
おつる イエイエーもったいないー、なんのうらみましょうー 恨むることはなけれどもー小さいときに別れたればーととさんやーかかさんの顔もおぼえずーよその子供衆がーかかさんに髪結うてもろたり・・
浄瑠璃 <夜は抱かれて寝やしゃんすを見ると・・・>
おつる わしもかかさんがあるのならー、あのようにー、髪結うてもらうものー。 それが・・・
浄瑠璃 <うらやましゅうございます。ないじゃくりするいじらしさ。母は心も消え入る思い・・・>
お弓 さてもさても、世の中に、親となり子と生まれるほど、深い縁はなけれどもなあ。親が死んだり、子が先立ったり、思うようにならぬが浮き世。こなたがどれほどたずねても、会われぬときは詮ないこと。もうたずねずと、国へいんだがよいぞえ
おつる イエイエー、たとえいつまでかかっても、たずねようと思うけれど、悲しいことは一人旅じゃて、どこの宿にも泊めてはくれず、野に寝たり、山に寝たり、人の軒の下に寝ては、叩かれたり・・・こわいことや、悲しいこと、ととさんやかかさんと一緒なら、こんな目に遭うまいもの。どこにどうしていやさやんす。会いたいことじゃ、会いたいわいなあー。
浄瑠璃 <ワーと泣き出す娘より、見る母はたまりかね、いっそ打ち明け名乗ろうか。イヤイヤ、それではこの子も同じ罪。マア、ちょっと抱きたい・・・>
お弓 どうしようーなー
浄瑠璃 <百千いろの憂き思い、二つの目には玉光、天を・・・・・泣き入ったる。気を取り直し、そばにより・・・>
お弓 最前からその様子を聞き、我が身のように思われて、言うに言われぬことながら、まめでさえいやったら、また会われないものでもない。もうもう思いあきらめて、早う国へ帰るがよいぞえ。
浄瑠璃 <なだめすかせば 聞き分けて>
おつる おまえがそのように言うて、泣いて下さりますよって、どうやらかかさんのように思われて、わしゃ、ここがいにともない。モーシ、お家さま、どんなことでもいたします。おまえのそばに、いつまでもわたしを置いてくださりませ。頼みます。拝みます。
浄瑠璃 <拝みますると手を合わす。母は心も消え入る思い・・・>
お弓 また、そのように悲しいことを言い出して、またこのおばを泣かすのかいのう。ホンニマア、私としたことが。待ちゃ、待ちゃ、待ちゃ・・・
浄瑠璃 <言いつつ取り出すキンチャクの、そこを探して豆板の、豆なお喜ぶはなむけと、紙に包んで差しいだす>
お弓 なんぼ一人旅じゃとて、金あらばどこの宿でも泊めてはくれる。野に寝たり、山に寝たりして、わずろうてはしてたもんなな。ヤ、ヤ、サササ、これを持って行きやいのう
浄瑠璃 <渡せばおつるは、差し戻し>
おつる ありがとうござりまする。けれど、金は小判というものを、たんと持っておりまする。もうさんじます。
お弓 まあ、そうであろうが、これはおばのこころざし。
浄瑠璃 <無理に持たして 塵うち払い・・・おりから帰る 二人連れ>
妙珍 マア、お弓さん、まだ居やはったんだすかいな。 マア、この子もまだ居てるわ。
妙天 お弓さん、泣いてはるようやが、どないしはったんや。
お弓 ハイ、アノ、実はなあ。あの巡礼の子と、よもやま話をし、可哀そうな身の上話を聞き、ついほだされて、私が泣けばあの子も泣き、私が、私が泣けばあの子も泣き、つい、もらい泣きしましたワイなー
妙天 ア、そうですか。そいやまあ、ヨー泣いてやりましたなあ。
おつる さようなれば、お家さま、もうおいとまいたします。
お弓 もう行きるかゃ。
おつる どーせ、いなずばなりますばい。
お弓 行かしもない。
おつる いにともない。
お弓 名残がおしい。まいちど、顔をコーレ。
おつる アーイ。
浄瑠璃 <引き寄せて、見れば見るほど胸せまり、離れがたなき、うき思いそーれ・・・。知らねど、誠の血筋、名残惜しげに、振り返り、振り返り、どこをどうしてたずねたら>
おつる ととさんや、かかさんに・・・
浄瑠璃 <会われることぞ、会わしてたべ・・・>
おつる 南無大悲の観音さま
浄瑠璃 <ちちははの、恵みも深き、粉河寺>
おつる アーーーー
浄瑠璃 <泣く泣く別れ・・・>
(おつる、道に入る。うちより「喧嘩じゃ 喧嘩じゃ 喧嘩じゃ」)
妙珍 アイタ・・・一体何が起こったんじゃいのう。ホンマに、アーこわ。こんな所に長居は無用。はよう帰りましょう。
エート、アリャ? 妙天さんの姿がない。妙天さん、妙天さーん。
妙天 妙珍さーん。
妙珍 妙天さーん、一体どこに居るんやいな。 妙天さーん。
妙天 妙珍さーん、ここやここや。
妙珍 ここやここや言うても、分からしまへんがな。声はすれども姿は見えず、ホンニお前は、へのような。
妙天 何をアホなこと言わんと。ここですがな。
妙珍 何をしてはるんや。ササ、早うこっちへ来なはれ。ドッコイショ、ササ、早うこんな怖いところにいつまでもおらんと、早う帰りましょう。
妙天 早う帰ろうと言うても、妙珍さん。ワテ腰が抜けてしもうて、動かれしま へんがな。
妙珍 動かれへん言うたて、どないしまんねや。
妙天 連れて帰っとくんなはれ。 アンタ、おおてえな。
妙珍 アホなこと言わんとき。そんな家までも、負うて帰れるかいな。
妙天 それやったら、カゴ呼んで、カゴ呼んで・・・
妙珍 アホなこと、こんなところにカゴなんかあるかいな。ドナイショー。そうや、妙天さん、ちょっと待っとってや。
(車をこしらえる)
妙珍 サア 妙天さん、これに乗って帰りましょう。
妙天 妙珍さん、アンタ、なかなかエエ頭してはりますなあ。
妙珍 何言うてますのや、妙天さん。どこへ行きましょ。
妙天 妙珍さん、頼みがありますのや。
妙珍 なんや、頼みとは。
妙天 実はな(アドリブで公演先の地名など)へやってんか。
妙珍 なんや(             )へか?
妙天 そーや(          )でな、今年の芝居で「阿波の鳴門・どんどろ大師・お弓おつるの場」いうて、悲しい芝居をしてますのや。なかなかエエ芝居だっせ。それ見とうおますのや。(            )へ連れ て行ってえな。
妙珍 ソーカ、そんならワテも、一緒に見に行きまっさ。 妙天さん(         )やな。しっかりつかまっとんなはれや。
妙天 分かってま。
妙珍 行きまっせ、ソレーッ。
(野崎で入る)
浄瑠璃 <おつるのあと、見送り見送り、伸び上がり・・・>
お弓 コレ、むすめ。ま、ちょっとこちらを向いてたも。これが一世の別れかいのう。せっかくながの海山越え、艱難して、あこがれ訪ねたるいとし子に
浄瑠璃 <名乗らでいなす、母が気はどうであろう。狂気半分、半分は帯 を入れる>
お弓 死んで・・・・・っ(泣く)
浄瑠璃 <いるわいの。まだ、おいさきのある子をば、親ゆえ路頭に立たすかと、そのままそこに、どうと伏し、消え入るばかり、嘆きしが、起きあがって涙をはらい・・・>
お弓 イヤイヤ、どう思いあきらめても、今別れては、また会うことはならぬ身の上。(大きな声で)たとえ難儀がかからばかかれ。またその時は、夫の思案ほどはいくまい。追いついて、連れ戻そう。オオそうじゃ、そうじゃ ー
浄瑠璃 <そうじゃそうじゃと子に迷う、道は親子の別れ道。あとを慕うて・・エ・・・>
お弓 おつるヤーイ
浄瑠璃 <エ・・・たずね行く>
(幕)