おらが村情報
中区 牧野


むらづくり活動
 テーマ:中区の奥座敷『牧野』をみんなの手でむらづくり
 三方を山に囲まれた中区の奥座敷である『牧野』は、美しい景色ときれいな空気、それだけで十分自慢できるところです。私たちが何気なしに見ている牧野大池や、小野尻トンネル付近から見る景色も、田舎のよさが感じられる素晴らしいところです。この素晴らしい牧野を集落住民から見直し、訪ね来る人にも通り行く人にも分けてあげましょう。むらづくりを通して、皆が一つの大きなファミリーのように仲良くなり、笑顔で挨拶でき、しんどいことも楽しいことも皆で分かち合いながらむらづくりを行っています。

@ むらの顔づくり事業

ジャンボかぼちゃづくり・コンテスト、朝市即売会、イルミネーション・葉牡丹絵文字

A 啓発・宣伝部

 大池看板設置、村だより『黒ぼこ』発行、神社参道かがり火・花壇づくり

*黒ぼこ
この集落に分布する黒土のこと。太古の火山活動でできた腐植土で、お茶や大根、白菜や里芋などの栽培に適しています。また、練炭やたどんの原料として活用されていました。牧野の特徴をさらに活かすために、村だよりの題としました。

B コミュニティづくり環境美化事業

大池祭、峠の茶屋公園清掃、三角公園清掃,地蔵盆三世代交流  

C 健康福祉文化事業

妙見山登山道調査・整備、健康の森づくり


むらの宝
@ 牧野大池

大正2年(1913年)柏原留造氏を中心とした8人がやせ地で水不足に悩む農家のため、溜地づくりを計画したことが始まりです。
その後、大正11年になって、牧野耕地整備組合が発足し、昭和8年(1933年)に大池は完成しました。
設計は、県の土木技手だった神田榮太郎氏によってなされましたが、完成に至るまでには何度か財政危機に直面しています。
延べ5400人もの人が、つるはし、すどり、もっこ、トロッコ等などの道具を使って、ほとんど手作業で作りあげました。
堤長200メートル、堤高5〜16メートルの中心コア型アースダムです。

A 八幡神社

ご祭神は品太和気(ほむだわけのみこと)命です。
厄除け、開運招福、安産祈願にご利益があるといわれています。
慶長9年(1604年)に、天田村二郎右衛門によって建立されたと伝えられています。
この神社で行われる厄神祭は、毎年、1月18日前後の休日に行われ、当日は神前で雅楽(ががく)(つるぎ)(まい)』で厄除け祈祷を受け、厄をまき、難を逃れる意味において、お金を神庭にまく神事があります。
また、午後からは100年近く続けられている『湯立て神楽(かぐら)』が盛大かつ厳粛に行われます。
北播磨では、加美区の青玉神社と併せて有名です。
なお、境内には村落内各所に(まつ)られていた愛宕(あたご)さん他11社が合祀(ごうし)されています。

B 稲荷社

ご神祭は四之大神(よつのおおかみ)で、五穀豊穣(ごこくほうじょう)生活平穏(せいかつへいおん)にご利益があるといわれています。
狭い境内ですが、立ち並ぶ赤い鳥居とキツネ狛犬は特に美しいです。


C 山神社跡(さんじさんあと)・・・牧野入角鉱山跡

ご祭神は、大山津見神(おおやまつみのかみ)、他三神です。
創建などについては明かではありませんが、入角鉱山関係者によって創建され、閉山とともに廃墟になったと考えられています。
『山の神』は水をもたらす神、狩猟を司る神、樹木を支配する神、火を司る神をはじめ、ありとあらゆるものを生み出す「(むす)()の神」といわれています。また、鉱山関係者住居跡から山麓を縫った山道に、(ほこら)跡の石垣や階段・祭祀(さいし)の時に獲物を祀ったと想像される大きな平面の岩が残されています。


集落MAP
※地図の標記が実際と異なる場合がありますが、ご了承ください。
@ 北播磨余暇村公園

 兵庫県が行う都市公園事業の一つとして、昭和50年度から15年計画で整備が進められ、昭和62年(1987年)11月、その一部が完成し開園しました。園内には760株のバラを集めた花壇、12,000株のショウブ園のほかに、修景池(340u)などがあり四季を通じて美しい空間を演出しています。バラ園の見頃は5月下旬から7月下旬,10月中旬から11月下旬です。 ショウブ園の見頃は6月です。この他に、日本庭園や冒険広場があり小さな子どもからお年寄りまでゆっくりくつろいで頂けます。
*冒険広場には@妙見スカイローラーA回廊式コンビネーション遊具Bつり橋・レンガの砦・子どもの小川があります。

A ココロン那珂

宿泊施設


B 銅精錬所跡展示館

 西播磨から中国地方へかけての製鉄地帯に対して、東播磨から但馬、摂津の地方は、生野(いくの)明延(あけのべ)摂津(せっつ)多田(ただ)に至るまで、産銅地帯として知られています。その中でも多可郡は生野鉱床帯に属し、明治時代には御料局の生野探鉱地7郡(養父(やぶ)朝来(あさご)出石(いずし)多可(たか)神東(しんとう)神西(しんさい)宍粟(しそう)の諸郡)のうち、特に『鉱産の(さきがけ)たり』と評されました。
 多可郡の鉱山は、中区北部にそびえる妙見山と加美区南部の豊部・多田付近の山塊に集中していました。
 昭和57年4月、中区『入角山』の石垣山で、県立余暇村公園の建設が着手され、同年6月埋蔵文化財の分布調査が行われた結果、余暇村の中央を流れる小さな谷川を馬蹄形に取り囲んで、推定2万dに及ぶ大量のカラミ堆積が見出されました。この牧野集落一帯は古くより鉱山の町として栄えたところで、石垣山遺跡をはじめとして妙見山のあちらこちらに坑口、ズリ、カラミなどが見られます。その他に、生活にかかわる遺跡として、建物跡、墓地、道標、神社跡、井戸などがあります。