《旧加美町の民話》
あまんじゃこ
この土地が「たか」ぐんとよばれる
ようになったのは、そのためだとか。


 むかしもむかし、ずうっとむかし。はりまの国にも「あまんじゃこ」がいたそうな。
 「あまんじゃこ」っていうのは、人の言ったりしたりすることに、わざと反対する人のことなんだが、この男もそのなかまであった。
ちょっぴりいたずらっぼくて、ものすごいカもちで、その体といったら、とてつもなく大きかったとか。
だから、いつも頭が天につかえてしもうて、のびのびとせをのばして歩けるところはなかった。あららこちらの国をめぐり歩いたが、どこへ行っても、はうようにして歩くよりしようがなかった。
 「ああ。思いっきり、せなかがのばせるところがないかなあ。」
 あまんじゃこは、ちょっとしたはずみにこしをあげすぎて、頭を「ゴツン。」と天にぶつけるたんびに、そんなことを言うていた。
 ところが、たまたま、この土地(多可ぐん)へやってきたときのことだ。
天が、ぐうんと上の方にあがっているのでびっくりしてしもうた。
 「ほほう。こいつは高いなあ。」
 あまんじゃこは、両手をうんとあげて、思いっきり、せのびをして、声をはずませた。
「ほんまに高いところじゃ。」
 うれしさのあまり、あまんじゃこは、そんなことを何度も何度もくり返して、言うたそうな。
 この土地が「たか」ぐんとよばれるようになったのはそのためだとか。

それはそれは、たいそうな気に入りようで、その後、あまんじゃこは、長い間、この土地に住むようになった。
 だが、もともといたずらずきのあまんじゃこのこととて、しばらくすると、いろんないたずらをしはじめたそうな。
 ある日のこと、中町と加美町のさかい妙見山から一里半(6キロメート)ほど西の笠形山へ夜のうちに橋をかけて村人たらをびっくりさせようと思いたった。 あまんじゃこは、妙見山のうらてにかくれて、村人たらが山すそで、イノシシやシカをいけどったり、田畑で働いているようすを見ながら、笠形山までのびる橋を思いうかべていた。
「おや!いつの問にあんなでっかい橋が…。」
そんなふうにおどろく村人たちのようすをそうぞうしただけでも楽しくなり、日のくれるのを待った。

 秋の日ぐれは早いものだ。みるみるうらに山の向こうに太陽がかくれてしまう。
「さあ、始めるとするか。」
あまんじゃこは、いさんでこしをあげると、足音に気づかれんように、的場のあたりまで歩いていった。夜空には、星がきれいにかがやいていたそうな。
 けれども、あまんじゃこは、星なんぞ見ているひまはなかった。右の手で妙見山、左の手で笠形山というふうに、どんどん石をつんでいった。みるみるうちに、土台ができあがったとか。
「さあて、土台の次は丸太をわたして橋はでき上がり。」
 そう思って、よく考えてみると、6キロメートルもあるような、そんな長い丸太がどこにもあろうはずがない。
「はてさて、どうしたもんか。」
「こいつは、うかつじゃった。」
 あまんじゃこは、はたとこまってしもうた。星あかりをとおして、まわりの山々を見わたしながら、あれこれ考えてもみたが、なかなか、いいちえがうかんでこない。
 そうこうしているうらに、山のふもとから、「コケコッコー。」と、一番どりが鳴きはじめたそうな。
「おや、はや朝になってしもうた。こりや いかん。」
 あまんじゃこは、あわてて山の中へにげこんでしもうたとか。
 ところが、あまんじゃこは、それで橋づくりをあきらめたわけではなかった。なんとかつくりあげて、村人たらをおどろかせてやろうと思って、夜になったら出かけていった。
 そんな、ある夏に近い日。ふと北の方に目を向けると、一人の村人が頭をひくうして、田んぼの中でいのっていた。
「どうしたというのじゃ。」
 あまんじゃこは、ふしぎに思い、南の方にも目をむけた。と、そこにも同じょうにいのっている人のすがたがあった。しかも、それは一人や二人ではなかった。月あかりですかしてみると、田んぼのあららこららでもいのっているのだ。
「神様、どうか雨をくだされ、作物が生きかえる水をくだされ。」
 あまんじゃこが耳をかたむけると、村人のそんないのりの声が聞こえる。
しかし、あまんじゃこは、そのような村人のいのりの声を聞くと、急にいたずらをしてみとうなった。そして、「何をばかなことを、言っているんじゃ。そんなに雨がほしけりゃ、火の雨でもふらしてやろうか。」
と、どなった。それは、村人たらには、ものすごい山鳴りのようにひびいたとか。村人はおどろきのあまり、田んぼのあぜをころげるようにしてにげて帰ったという。あまんじゃこは、それがまたおもしろうてなんどもくり返したと。

 ところが、そのうちに、田んぼでいのる人のすがたが一人、二人とへっていくのに気がついた。
「ええいっ。天にいのってなんになる。神様なんぞあるもんか。」
 とつぜん、あまんじゃこの足もとで男のくるったようなかん高い声が聞こえたかと思うと、その男は、田んぼのあぜにぶったおれた。そして、そんなふうにわめいてたおれていく村人たらのすがたが日ごとにふえていった。

 あまんじゃこは、そんな村人たらの声を聞きながら、ふと何かを思いついた。
 あるばんのこと、あまんじゃこは、笠形山の大岩をくだいて、それに太いなわをしばりつけた。そして、その岩を村から村へひきずって歩いた。岩がころぶたんびに、ゴロン、ゴロンと、大きな地ひびきがした。
 村人は、神のたたりだとおびえて、一人も家の外へ出てこなんだが、あまんじゃこが、大岩をひきずって歩いた後には、土地が深くほれて川ができていた。

 それにまた、あまんじゃこは、山寄上から、どの田んぼにも、おそなえをくばってまわったりもした。加美町、八千代町、そして中町の曽我井まで来たとき、夜が明け飴めた。ふり返ってみると、すでに川に水が流れてきていた。
 あまんじゃこは、その水を見ながら妙見山まで帰りかけたが、そのうちに、後ろの方で村人たちのよろこびあう声が聞こえてきた。そして、その声はやがて、だんだん広がり、まるで、山鳴りのようにあたりいったいにひびいたとか。
 それからというもの、作物は調子よく育って、毎年、ゆたかなみのりをもたらした。
 その後、何年たったであろうか。あまんじゃこは、とうとう橋もかけずに、すがたをけしてしまっていた。妙見山と笠形山のてっペんにきずいた土台をのこしたまま………。
 しかし、いつのころからか、だれ、言うともなくあまんじゃこのことが、村人の間で語られるようになった。
 田植えが終ったあと、田祭りがにぎやかに行なわれるようになったのも、ちょうどそのころからだそうな。

 (作  前田 功)


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