八千代の地名

 地名には、大字、小字がある。現在、小字を使うことは少なくなってきているが、小字は、歴史を語りかけるものがたくさんあります。一度調べてみるのもおもしろいですね。
               (八千代の地名・兵庫県地名大辞典参照)

現在公民館活動で使われている地名

下野間地区………  野口 野田 本村(中の坪近辺) 藪田 保木

中野間地区……… 花の宮 川西 片瀬 三室

赤坂地区 ………  赤坂

俵田地区 ………  俵田

仕出原地区 ………仕出原

下三原地区 ………下三原

 赤坂地区 
  (赤坂村→野間谷村豊谷村→野間谷村赤坂→八千代村赤坂→現在 )
 (地名の由来は不詳 )
 

 川原田(カワラダ)  前田(マエダ) 川向(カワムコウ) 
 谷ノ口(タニノクチ) 山ノ下(ヤマノシタ) 奥山(オクヤマ)



 俵田地区
(俵田村→野間谷村豊谷村→野間谷村俵田→八千代村俵田→現在)    


  (大正三年(1575年)野間城主有田宗晴は、三木城主別所氏に襲われたとき、山頂から米俵を転がして攻め登る軍勢を防いだ。そのとき米俵が麓の野間川を超えて田に散乱したため俵田と名付けられたという。)
  

  中部良(ナカブラ)  亀ケ谷口(カメガタニグチ)  
  亀ケ谷(カメガタニ)  俵田(タワラダ)  
  竹谷口(タケダニグチ)  井ノ口(イノクチ)
  釜ケ谷(カマガタニ)  西林(ニシバヤシ)  ダケウラ
  猿田(サルダ)



 中野間地区
(中野間村→野間谷村貴船村→野間谷村中野間→八千代村中野間→  現在)

  (中沼から転じて中野間になる)

  岡崎(オカザキ) 門上(モンガミ) 門下(モンシモ) 
  山口(ヤマグチ)   三室(ミムロ)  片瀬(カタセ)  
  西ノ垣内(ニシノカキウチ)  田中(タナカ) 
  下片瀬(シモカタセ)  黒原(クロハラ) 長屋(ナガヤ)  
  花ノ宮(ハナノミヤ)  脇田(ワキタ)



 仕出原地区 
(仕出原村→野間谷村貴船村→野間谷村仕出原→八千代村仕出原→  現在)


  (地内に低湿地が広がっていたため、シドロ(湿地・沼地)の
  原シドハラからシデワラ仕出原に転じた地名であろう)

  
ススギガ池(ススキガイケ)  野新田(ノシンデン)
  大開き(オオビラキ)   奥原(オクハラ)  入口(イリグチ)
  塚田(ツカダ) 塚ノ本(ツカノモト) 
  坂口(サカグチ)  黒ブク(クロブク)     村西(ムラニシ)
  桜ノ木(サクラノキ)   ノテノ下(ノテノシタ)  
  橋ノ本(ハシノモト)   スヘガ谷(スヘガダニ)  
  田尻(タジリ)   大谷口(オオタニグチ)   高見(タカミ)
  水木口(ミズキグチ)   ノロタ   水木谷(ミズキダニ)
  裏ノ川(ウラノカワ)   広イ谷(ヒロイタニ)   
  栗ノ木谷(クリノキダニ)  板ケ谷(イタガダニ)   
  サカ谷(サカタニ)    大谷(オオタニ)


 下野間地区
  
(下野間村→野間谷村貴船村→野間谷村下野間→八千代村下野間→現在)

  (下沼から転じて下野間になったと考えられる。条里制の坪
  地名が残っている。)

  野田(ノダ)  野口(ノグチ)  町田(マチダ)  
  中ノ坪(ナカノツボ)  鬼田(オニダ)  深田(フカダ) 
  六郎兵衛新田(ロクロベエシンデン)  保木(ホキ) 
  藪田(ヤブタ) 亀ケ谷(カメガタニ) 権現側(ゴンゲンベラ)
  愛宕側(アタゴベラ)  北ケ谷(キタガタニ)  
  小屋ケ谷(コヤガダニ)


 
下三原地区
(下三原村→野間谷村貴船村→野間谷村下三原→ 八千代村下三原→現在)


  (三原川沿いの谷、すなわち三原谷の上三原・中三原に対
  して下の集落を指す呼称である。しかし、三原が三つの「野
  原」を指したものか、古代から天皇ゆかりの地「御原」から名
  付けられたものか定かではない。

 平ケ谷(ヒラガダニ)  アゲサ  クゴタ 東山(ヒガシヤマ)
 高畑(タカハタ)  段(ダン) 上野(ウエノ)  谷(タニ) 
 津坂(ツサカ)  坂山(サカヤマ)   縄手(ナワテ)  
 大向(オオムコウ)  東前(ヒガシマエ)  本田(ホンダ)
 向(ムカイ)  ノジリ  広畑(ヒロハタ)  川向(カワムコウ)
 

北小学校区

西小学校区