天船の天狗
むかし むかし、ずっとむかい、まだ野間谷村がドロドロの沼地で、沼谷と呼んでいた頃のお話しです。
すご谷を囲む天船の里には、雪が溶け始めると、谷川の水がさらさら流れ、小鳥がさえずり、あたたかい春が訪れます。村の人達は、その谷川で洗濯をしていました。側で純太くんやお恵ちゃん、お京ちゃんたちが、かごめかごめをして遊んでいました。
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かごめ かごめ かごの中のとりは
いついつである 夜明けのばんに……
子ども達の歌声が、山の奥までひびいていました。 のどかな山里の春です。
子ども達の声で、昼寝をしていた天狗達が目を覚ましました。
「ああーようねむったわい、龍王様からのお使いも来ないし、春の日長は退屈なものじゃ。」
「何かおもしろい遊びはないものかのう。」
「おうそうじゃ、面白いことがある。村の子ども達が楽しそうに遊んでいるではないか、呼んで一緒に遊んだらどうじゃろう。」
「うーむ、それがよい。それはよい考えじゃ。」
天狗達は、大きな団扇でふわふわと、
「子どもよ来い、子どもよ来い。」
とあおぎました。
すると、ふしぎふしぎ、子ども達の体がふわっと浮かびました。
純太が、
「おや変だ、体がぷかぷか浮いてきたぞ。」
と言いました。
「ほんまや、何だかふわふわ浮いてきたわ。」
「わぁ、えらいこっちゃ、助けてー。」
子ども達はくるくる舞ながら、天狗達に山奥へと連れて行かれました。
洗濯をしていた純太のお母さんが、子ども達の声がしなくなったのに気がつきました。
「おや、子ども達がおれへん、みんなえらいこっちゃ。」
「えっ、みんなどこへいったやろ。」
「純太、純太、どこへ行った……。」
お母さん達は、青くなって捜しました。
そのとき、山の奥から、
「わっはっはっはっは……子ども達は、わしらがあずかったぞ。」
と、天狗の大きな声が聞こえてきました。![]()
これを聞いたお母さん達は、
「キャー、大変だ〜、天狗だ〜。」
「天狗が子どもをさらっていったよう。」
「子ども達を助けて〜。」
口々に叫びましたが、どうすることもできませんでした。
あとには、わっはっはっは………と天狗達の笑い声が聞こえているだけでした。
急いで村へ帰ってお母さん達は、村で一番偉い庄屋さんの家へ駆け込みました。話を聞いた庄屋さんは、村のみんなを集めて相談しました。
「のう皆の衆、今聞かれたとおり大変困ったことになってしもうた。子ども達を取り返すには、どないしたらよかろう。ひとつ皆の衆の考えを聞かせてもらいたいのものじゃ。」 みんなわいわいがやがや言うばかりで、なかなか良い考えが浮かびません。
「山へ登って天狗をやっつけなしゃーないかのう。」
「天狗は、あの高い鼻に神通力というえらい力があるというでのう。」
「うーん、あの鼻にのう。何とかして鼻を折る方法はないもんかのう。」
「そうだ、熱い芋がゆを持って行ったらええ。」
「芋がゆ?何でや。」
「食べようとして中へ鼻を突っ込んだら、あちちちと火傷して、神通力もきかんようになるん とちがうか。」
「そらあかんわ、そんなことをして天狗様を怒らすより、天狗様にお願いしようで。みんなが 悲しんどることを話して、よくよくお願いするんや。天狗さんもきっとわかってくれてやと思う わ。」
「そうやな。」
「その通りかもしれんな。」
「みんなでお願いに行こうか。」
そして、とうとう村人達は天狗岩まで行くことになりました。庄屋さんを先頭に酒樽を担ぎ、大豆も皿に載せて持って行きました。
「おお、あれが天狗岩だ、呼んでみよう。」
「天狗サマー、天狗サマー。」
すると、
「なんじゃ。」
と、大きな声がしました。
「で、で、でたあー。」
「て、て、てんぐだー。」
しかし、逃げるわけにはいきません。おそるおそるその場に座って深く頭を下げました。
「何か用か。」
「子ども達と楽しく遊んでいるところじゃのに、何しに来たのだ。」
「昼寝をしておれば起こすし、遊んでおればじゃまをしに来るし、なんと人間はうるさいもの じゃのう。」
「へい、お楽しみのところ申し訳ありません。実は………天狗様がさらわれた子ども達を返 してもらいとうて参りました。どうか子ども達を返してくだされ。家のもんは毎日泣いとりま すのじゃ。」
「何だと、子どもを返せとな、さてさて子どもがさらわれた位で人間どもは悲しいのか、どうも わからん、まあいい、返してくれと言うなら返してやろう。」
そう言って天狗が、
「おーい。子ども達出てこい。」
と呼ぶと、みんながとんできました。
「あっ、おっとう!!。」
「おっかあ!!。」
「おお、ぶじだったか。」
みんな抱き合って泣きました。これを見ていた天狗達は、
「どうもわからん、人間どもは泣いているがなぜ泣くのか、わしにはわからん。」
と、首をかしげていました。
「これは天狗様に飲んでもらおうと、天船の百姓どもが心を込めて造った御神酒でございま すだ。」
庄屋さんが持ってきたお酒と大豆を渡しました。
「この天船の土地で初めて取れた大豆でございます。どうぞ、お召し上がり下され。」
「何だと、酒とさかなを持ってきたと申すか、お前達はよく気がつくのう。それでは早速よば れることにしよう。」
「さあ、どうぞ どうぞ」
天狗達は、お酒を一気にごくごく飲みました。お酒が身にしみました。
「おや変だぞ。この御神酒を飲むと、体が温かくなってきた。これが人間どものあたたかい 気持ちというものかな、体中にじわっとしみわたってきたようじゃ、うーむ。」
と言って、目を押さえました。
「わしらの目からも涙が出かけた。こんな事は天狗の世界にはないことなんだが……こい つは妙だ……何だかわかってきたようだ……人間どもの心が……人間の気持ちが…… 。」
天狗達は、体を震わせて泣き出しました。
「天狗様、これから俺たちをさらたりせんといてな。」
「おおもうお前らをさらったりしないぞ。人間をつかまえるために、この大団扇を使うようなことはしないぞ。
天狗は、村の人と固い約束をしました。
「それでは帰らせてもらいますだ。」
「天狗様ありがとうございました。」
「さようなら。」
「さようなら。」
天狗は村人の帰るのを、いつまでも見送っていました。
それから、天狗達は村へ帰った子ども達が、唄ったり縄跳びをして楽しく遊んでいるのを、岩の上からじっと見ていました。やがてごろりと昼寝を始めました。
それからまた、何日か経ったある日のことです。
役人達が村へやって来ました。昔は年貢といって、村で作った米や麦などの作物をお役人に差し出さなければならなかったのですが、この村は沼谷と言われているように、ほとんどがじめじめした土地で、雨の多い年は一生懸命働いても作物が取れず、差し出すことができないのです。それなのに納めないとひっくくって牢屋へ入れてしまうのでした。
「お役人様、お助け下さい。お願いです。連れて行かないでください。」
「うるさい、お殿様の命令じゃ。お前達の泣きごとなぞ、いちいち聞いていられるか。」「お役人様、おっ母を返してくれ、おっ母ー。」
「うるさいこのがきめー。じゃまだてするとお前も牢屋にぶち込むぞ。」
「おっ母を返して……お役人様……。」
この様子を岩の上から天狗達が見ていました。
「おや、あれは何だ。」
「百姓たちが、いじめられている。ひっくくってひきずられていくぞ。」
「あっ、子どもがぼうで殴られている。うーむ、かわいそうに……。」
「悪い役人どもだ。」
「よっし、もう許さない。この大団扇で役人どもをこらしめてやろう。」
「いや、だめだ。人間どもをつかまえないと約束したんだ。困ったなー。」
「百姓どもが泣いている。」
「子どもも泣いている。」
「わしは、もうがまんできん。かんべんならん。」
「ようし、わしもやるぞ。子ども達よ、約束を破るが許してくれよ。」
「そーれ、太鼓を叩け!!岩を打て!!わしはやるぞ。」
天狗達が大団扇をさっと振りました。すると、ふしぎふしぎ、役人達の体が、さっと浮き上がりました。
「わぁ、これは大変だ。」
「助けてくれぇ。」
「助けてくれぇ。」
大声で叫び、足をバタバタさせましたが、役人の体は、そのままふらふらと天狗岩の方へ吸い込まれていきました。これを見て村人達は、
「あっ、天狗様だ。」
「天狗様が助けてくれたったんじゃ。」
「おぉい、天狗様、ありがとう。ありがとう。」
と、大声で叫びました。天狗は、
「天船の里の百姓達よ。わしたちは、とうとう約束を破ってしもうた。それでもうこの地上に住めなくなってしまった。天に昇って龍王様のおそばで修行のやり直しじゃ。」
「天狗様、そんなこと言わずにこの天船におって下され。
「いや、それはできぬ。だが龍王様のお使いでこの里に下りてくるかもしれないぞ。」
「どうしてもいかれるのかな。でも、たまには降りてきてくだされな。秋には龍王様に差し上げる御神酒を用意して待っておりますでな。」
「そうか、秋が来るのを楽しみにしているからのう。」
「天船の人間どもよ。みんな仲ように、助け合って元気に暮らせよ。」
「もう行くか。困ったことがあれば龍王様を呼んでくれ。いつでもわしたちが助けに来るから のう。」![]()
「天狗さまー。」
「天狗様お元気でー。」
「龍王様によろしく。」
「さようなら。」
「さようならー」
*「貴船神社、秋祭りの由来」を参考資料として、清水谷善明先生が劇の脚本を製作されたものです。その脚本を元にお話しにしました。