いぼ薬師さま



 
むかしむかしのことです。
 中野間のよそべ谷という山に、たぬきのぽん太とおかあさんだぬきが住んでいました。 明け方から降り出した雪が、山や畑をすっぽりと包み、あたり一面を真っ白くおおっていました。
 おかあさんだぬきは、足の裏にいぼがいっぱいできて、痛くて痛くて歩くことができませんでした。
「ぽん太ごめんな。おまえになんにもしてやれんへ んで…。こんな時に、清水薬師さんのすべらぼう きがあったらええねんけど…。」
「えっ、清水薬師さんのすべらぼうきいうて何や?」
「この山をずっと下りていったとこに、清水薬師さん という仏様がまつってあってな、稲の穂でこさえた すべぼうきがお供えしてあるそうや。それでいぼを
 はきなでたら、きれいにいぼがとれてしまうという ことや。」
「おっかあ、何で知っとんの。」
「いつか、人間が話していたのを聞いたことがあるんや。」
「へーえ。おっかあの足のいぼもとれるやろか?」
「とれると思うけどな…。」
「それやったら、おらがすべらぼうきを借りてきたげるわ。」
「そんなことできへん。人間が通る道のすぐそばやで、 人間に見つかったら、捕まえられてしまう。それに、 ようけ雪が降っとるし、危ない危ない。」
「らっきゃ らっきゃ。じきに戻ってくるわ。」
 そういうとぼ ん太は、冷たい雪の中へ、飛び出していきました。
「ぼんた! 行ったらあかん。」
 おかあさんだぬきが、大声でぽん太を呼び止めましたが、ぼん太は振り向きもせず駆けて行ってしまいました。 
 大きな松の木の下を通り抜け、ザクザクと雪を踏みながら山を下りて行きました。
 ザクザク ザクザク
 ぽん太の足は、むらさき色に腫れ上がり、じんじんとしてきました。それでもぽん太は、冷たい雪の中を駆けていきました。
 ザクザク ザクザク
「おっかあ、待っとってな。おらがすべらぼうき持って帰ったげるからな。」
 ザクザク ザクザク
 もう少しで、清水薬師様に着くというときです。
「うわぁー。」
 急にぽん太のからだが、ふわっと浮き上がったかと思うと、ドッシーンとしりもちをつき、山道をズルズル ズルズルすべり落ちていきました。
「わぁー、誰か止めてー こわいよー。」

 
ドスーン

 ぽん太は、おっこちたひょうしに、気を失ってしまいました。


 長い間たって気がつくと、そばにおじいさんが立っていました。ぽん太は、びっくりしてぶるぶる震え出しました。
 すると、おじいさんは、
「これこれ、そんなに恐がらでもええ。おまえが気を失う とったから助けてやったんじゃよ。」
と言って、ぽん太の頭を撫でてくれました。
 ぽん太は、「おや?」と思いました。お母さんから聞いていた人間とは大違いです。
「ところでおまえ、こんな雪の中を何でひとりぼっちで山 を下りてきたんじゃ。」
「うちのおっかあの足にいぼがいっぱいできて歩かれ  へんので、清水薬師さんのすべらぼうきを借りに来たんや。」
 それを聞いたおじいさんは、にこにかしながら言いました。
「おお、そうかい そうかい。あの薬師さんやったら、おっかさんのいぽもじ  っきに治してくれてや。こんな冷たい足して、かわいそうにのー。」
 おじいさんは、ぽん太をおぶんぶして清水薬師様まで連れて行き、そこに流れているきれいな水を飲ませてくださいました。お水を飲んだぽん太は、すっかり元気を取り戻しました。
「これがすべぼうきじゃ。さあ、おっかさんが心配しとるやろう、これを持って 早うお帰り。」
「おじいちゃん、おおきに。」
「おっかさんを大事にするんじゃぞ。」
「うん。おじいちゃん、さいなら。」
 ぽん太は、すべぼうきをかかえて、雪の中を滑るようにして飛んで帰りました。
「おっかあ、帰ったで。」
「ああ、ぽん太。よう無事に帰ってきたな。あんまり遅いので心配しとったん やで。」
 おかあさんだぬきは、泣いて喜びました。
「おら、気を失うとってな、おじいちゃんに助けてもろうたんやで。やさしゅう してくれたったわ。」
 おかあさんは、不思議そうな顔をしましたが、“ぽん太が無事であってよかった”と、思いました。
「おっかあ、すべらぼうき借りてきたで。これでいぼが治るやろ?」
「ああそうや。おおきに、ぽん太。」
「早ういぼが治りますように。」
とぽん太はすべぼうきでお母さんのいぼをなでてあげました。
 次の日も、その次の日もなでてあげました。
 でも、なかなかいぼはとれませんでした。
「早ういぼが治りますように。早ういぼをとってください。」
 ぽん太は、何日も何日も、お母さんのいぼをすべぼうきでなでてあげました。

 山の雪も溶け、つつじや山吹の花が咲いて、すっかり春になりました。
「ぽん太、ぽん太。起きておっかあの足を見ておくれ。」
 その声で目を覚ましたぽん太は、おかあさんの足を見てびっくりしました。
「うわぁ、いぼがとれた。おっかあ、よかったよかった。よかったなぁ。」
「おおきに、おおきに。ぽん太のおかげじゃ。清水薬師さんのおかげじゃ。ありがたいことや。」
 おかあさんだぬきは、ぽん太をぎゅうっと抱きしめて喜びました。
 お母さんの足のいぼもすっかり治って、しばらくたったある日の夕方、親子のたぬきは、清水薬師さまへお礼に行きました。
「お薬師さん、おかげさんでいぼがきれいにとれました。ほんまにありがたいことです。」
「お薬師さん、おっかあのいぼを治してくれたっておおきに、おおきに。」 親子のたぬきは、手を合わせてお礼を言いました。
 その時、田んぼの方から鐘や太鼓の音が響いてきました。

カンカンカン カンカンカン

さねもりさんが ごーしょらく
いーねのむしは おーともせい

カンカンカン カンカンカン

火のついた松明を持った大勢の村の人たちが、畦道を並んで歩いているのが見えました。
「おっかあ、あれは何や?」
「あれはな、『稲の虫送り』いうて、松明に明かりをともして、悪い虫を集めて やっつけるるんやで。お米になる大事な稲が悪い虫に食べられんように  な。」
「ふうん。」
「あないして、村の人たちが大事に大事に育てた稲で、清水薬師さんのす  べぼうきをつくるんやで。」
「そうか。清水薬師さんのすべぼうきをな。」
 たぬきの親子は、もう一度手を合わせました。
 日もとっぷりと暮れ、松明の明かりが水面にちらちらと揺れていました。

 今でも、清水薬師さまは『いぼ薬師さま』とも呼ばれ、人々が立ち寄っては、手を合わせている姿をよく見かけます。どんないぼでも治してくださる薬師さまじゃ、ありがたいありがたい薬師さんやと、大勢の人々が御利益を受けに、清水薬師さまにお参りされております。