龍 王 の 舞
みんなのおじいちゃん、おばあちゃんがまだ生まれておられなかった頃の、むかし、むかしのおはなしです。
野間谷が沼田にといわれていた頃、この辺りは、道も山も川も田圃もなくて、沼地が、ずうっとどこまでも続いておりました。
猿田彦命 という神様は、龍王ともいわれていました。ある日、お供の獅子と一緒に雲の上から下の方を見ておられました。
ちょうど沼谷の上に来られたとき、神様が大きな声でいわれました。
「おお、あそこに広い沼地があるぞ。あれを耕したら、ええ田圃になるやろうのう。
ひとつ、わしらが田圃をつくってみょうやないか。獅子よ、おまえも手伝うてくれるか。」「はい、神様。ええ田圃になるんやったら、おいらも喜んで手伝いましょう。」
さっそく神様と獅子は、あかあかと燃えている松明を持って雲にのり、天船というところへ降りて来られました。
天船の土は泥んこで、歩くたびに足が、ずるっ、ずるっ入り、うまく歩くことができません。
「ここは」思ったよりじゅるいのう。おっとっとっと。あっ、しまった。」
ドテーン
「あーあ、泥んこになってしもうた。」
神様は、泥の中を転んだり、尻もちをついたりしながら歩き回り、東の方には川を、西の方には田圃を、真ん中に道を作ろうと考えられました。
神様が考えられたとおりに獅子が、鼻で土を掘り起こし、出てきた石を、川になるところまで持って行きました。
ある日のこと、獅子がいつものように土を掘っていると、大きな石にぶつかりました。
「あっ、痛たたた。ああ痛あ。もうちょっとで鼻が折れてしまうとこやった。ああ痛かった。 それにしても大きな石やなあ。でも、おいらは力持ちや。動かしてみせるぞ。
よいしょ、よいしょ、よいしょ、よいしょ。」
獅子は、顔を真っ赤にしてがんばりましたが、石は少しも動きません。
「神様、この石は大きすぎて、おいらの力では動かへんから手伝ってください。」
「それは困った。では、」一緒に動かしてみようかの。」
「よいしょ、よいしょ、よいしょ、よいしょ。」
二人は、力をいっぱいだして石を押しましたが、石は少しも動きませんでした。
神様も獅子も、汗びっしょりでふらふらです。”あーあ、やっぱりあかんわ”
「神様、もうやめて、他の所を探しましょう。」
「いやいや、ここは、山と山に囲まれたええとこじゃ。こんなええとこに田圃が出来たら、 人間が喜ぶぞ。それに、毎日毎日動かせば、きっと石は動くぞ。獅子よ、それまでが んばろうやないか。」
「そんなら、もういっぺんがんばってみましょか。」
それからも二人は、大きな石を動かし続けました。それでも石は少しも動きません。でも。二人は一生懸命がんばりました。
何日か過ぎたある日、大きな石はぐらっと動き、ごろん、ごろんと転がり始めました。
「わぁ、動いた、動いた。」
神様と獅子は手を取り合って喜びました。神様と獅子の目から、涙がつうっと流れ落ちました。
「あっ、神様の手、傷だらけで血が出とる。痛そうやなぁ。」
「獅子よ、おまえの鼻の周りも石ですりむいたんやの。血が出とるぞ。かわいそうに。」 でも、二人とも、ちっとも痛くはありませんでした。毎日しんどかったけれど、今はとってもいい気持ちです。
それからも、神様と獅子は歌を歌いながら、何日も何日もかかって、田圃と道と川を作られました。
りょおん りょうおん
りょうおん りょうおん りょうおん
泥んこだったところが、少しずつ小さな田圃んあっていきました。
やがて、道に草が生え、川にはきれいな水がさらさらと流れて、魚が泳ぐようになりました。
ある日、お米がたくさん取れるような所はないかと探して、男の人たちがやってきました。
「ここはええとこやなあ。水はきれいs、ここやったら米がようけ
取れるぞ。」
「ちょっと」土がじゅるいけど、ほんまにええとこや。」
「そんなら、もっとみんなをよんでこうか。」
「うん、そうしょう。仲間を大勢呼んできて、みんなで米を
作ろうやないか。」
やがて、二人、三人と人々が集まってきて、村ができました。
村の人たちは早速、田圃に稲の苗を植えました。
はじめは青々と育っていたのに、どうしたことか、どの田圃の稲もだんだん枯れていきました。
「一生懸命世話をしたのに、何で枯れてしまうねやろう。
水もいっぱいあるのになあ。」
「水がいっぱいたまりすぎて、根が腐ってしもうて、枯れたんと
違うやろうか。
こんなじゅるい田圃では、稲があかんのや。」
「そんなら何を作ったらええねやろ。」
村の人たちが困っているところへ、神様が来られました。
村の人たちは、神様の顔を見ると、
「ひぇーこわいよう、助けてくれー。」
と言って、逃げ出しました。
「おうい、わしは優し神さんじゃ。ええ事を教えてやるから、
戻ってこーい。 みんな戻ってこーい。」
村の人達はそれを聞くと、そろり、そろり戻ってきて、そうっと神様の顔を見ました。
真っ赤な顔に大きな目、高く伸びた鼻、大きな口。それは天狗さんの顔でした。でも、にこにこと笑っておられました。村の人達はその顔を見て、神様がすっかり好きになりました。
「稲が枯れてしもうたそうやのう。そんなら、よう水抜きをして、
この豆を作ってみたら
どうや。これは大豆というてな、炊いて食べたら、とっても
おいしい豆じゃよ。」
「水抜きするて、どうするんですか。」
「田圃の中に、小さな溝を作っての、田圃の水が流れるようにする
のでじゃよ。
そして、この大豆を植えたらええのじゃ。」
「大豆?こんな堅い豆をどないして植えたらええのですか。」
「土に穴をあけてのう、そこへ豆を二粒ずつ入れ、その上に
泥の土をかぶせたら ええのじゃよ。」
村の人達は、神様にもらった大豆を教えてもらったとおり植えました。
神様はそれを見て安心され、獅子と一緒に雲に乗り帰って行かれました。
こんどは枯れるどころか、ぐんぐん芽を出し、秋には青い豆がいっぱいできました。
「おーい、うちの田圃にこんなにいっぱい豆が取れたぞ。」
「わしとこも」田圃もいっぱいや。うれしいこっちゃ、
ありがたいことじゃ。」
「この田圃で初めて取れた豆や、神様に一番はじめに食べて
もらおうやないか。」
「そうやな、神様にお供えして、みんなでお礼を言おう。」
「神さんの面も作ったらどないやろ。」
「そんなら、どんな面を作ろう。」
「神さんと天狗さんと同じやから、天狗さんの面を作ったら どないやろう。」
「それがええなあ。」
「天狗の面をかぶってお祭りをしたらええな。」
赤とんぼがいっぱい飛んでいる。秋晴れのある日、村の外れにある鎮守様の前に、白い大きなのぼりが立てられ、お祭りが始まりました。
ドーン ドーン
ドーン ドーン
力強い太鼓の音が、山々に響き渡りました。
村中の大人や子どもが、塩で茹でた獅子豆を持って集まってきました。
「神様、おかげで大豆がようけ取れてありがとうございました。
どうぞ、食べてください。」
「神様、豆がたくさん取れて」おおきに、来年もいっぱい取れます
ようにお願いします。」
御神酒がみんなに回されて、男の人も女の人も獅子豆をいただきながら、御神酒を飲みました。
みんながいい気分になったころ、若くて元気な政やんが天狗の面をかぶり、長い矛を持って、みんなの前に走りでました。
「おっかあ、こわいわぁ。」
見ていたお花ちゃんは、あわててお母さんの後ろにかくれました。
「あれはな、田圃を作ってくれたった神様のお面をかぶった
村の人やで。」
「ふーん、天狗さんが神さんやったんか。怖い顔したったんやなぁ。」
「顔は怖いけど、心は優しい神さんやったんやで。」
天狗の面をかぶった政やんは、長い矛を振り回しながら、お宮さんの庭を右や、左へと走り回りました。
りょおん りょうおん
りょうおん りょうおん りょうおん
夕日を浴びた境内で、政やんの踊り回る龍王の舞は、いつまでも、いつまでも続いておりました。
*龍王即ち猿田彦命 が天船に舞い下り給い、排水路、田畑の区画測量をされたのでこの儀式舞を行い、これを龍王の舞と言う。この儀式舞は、太古、この地創業にまつわる伝説として、猿田彦命の道案内に引き続き獅子が来て、荒れ地を掘り返し田畑を作ったことを擬したものといわれている。
天船(坂本、中村、横屋、下村)の秋祭りに、行われている伝統行事である。
ー八千代町史よりー