大 屋 博 多

 むかし、むかしのおはなしです。
 笠形山のずうっとふもとの大屋村というところに、重兵衛さんと、おっとう、おっかあの三人が、仲良く暮らしておりました。
 重兵衛さんのおっとうは糸屋と呼ばれ、山を幾つも幾つも超え、海の向こうの博多という町へ、生糸を売りに行く仕事をしていました。その生糸は、博多織といって、とてもきれいな帯におられるのです。
 重兵衛さんはおおきくなって、おっとうの仕事を手伝うようになりました。
 おっとうは、生糸をいっぱい入れた大きな風呂敷包みを背負い、
「どっこいしょ、よいしょ」 こらしょのどっこいしょ。」
 重兵衛さんは、おっとうよりこまい風呂敷包みを、
「どっこいしょ、よいしょ」 こらしょのどっこいしょ。」
と、背負って歩いていきました。
「おっとう、博多にはいつ着くんや。」
「そうやなぁ。遠い遠いとこやから十回は寝んと着かへんぞ。」
「えっ、そんな遠いとこか。そいで、どこで寝るんや。」
「宿いうてな、泊まるところがあるんや。」
「ふうん、」宿屋か。」
とはなしながら、どんどん、どんどん歩いて行きました。歩き疲れて日が暮れると、宿屋でゆっくり休み、また、次の日も、頑張って歩いて行くのです。
「よいしょ」 こらしょのどっこいしょ。」
「よいしょ」 こらしょのどっこいしょ。」
「ああしんど。おっとう、もうちょっとで博多か。」
「そうやな、だいぶあるいてったけど、まだまだ遠いぞ。」
「えっ、まだまだか。」
 重兵衛さんとおっとうは、村を抜け、山を越えて、何日も何日も歩き続けました。
船に揺られ、海も渡っていきました。

 そんなある日のことです。
 重兵衛さんとおっとうが、一生懸命歩いたのに、その日は、大きな木がいっぱい生えている山の中で、日が暮れてしまったのです。
「おっとう、こんな山の中に宿屋があるんか。」
「今夜は、この山の中で寝なしゃあないな。」
「えっ、おら怖いわ。」
 真っ暗な山の奥からは、ホー ホー とふくろうが鳴き、ウォー ウォーと、オオカミの恐ろしい鳴き声が聞こえてきます。重兵衛さんは、おっとうにぎゅっとしがみつきました。
「おっとう、怖い怖い。」
と言いながら、いつの間にか、おっとうのあったかい胸の中で寝ていました。

チュンチュン チュンチュン
「重兵衛おはよう。夕べは怖かったやろう。」
「いいや、おっとうと一緒やったから怖いなかったわ。」
「ええっ、そうか?さあ、博多までもうちょっとやぞ。」
「うん。」
「よいしょ こらしょのどっこいしょ。」
「よいしょ こらしょのどっこいしょ。」
 やっと、博多の町に着きました。
「毎度、大屋の糸屋ですが、頼まれ取った生糸を持ってきました。」
「まあまあ、」遠いとこごくろうはんやったな。大屋の糸はほんまにええ糸屋から、きれいな帯が織れて、みんなに喜んでもろとるんやで。」
「重兵衛ちゃんもちいさいのに、おとうさんの手伝いしてえらい子やなあ。」
 そう言われると重兵衛さんは、“遠いとこしんどかったけど、おっとうの手伝いして良かったなあ”と、とても嬉しく思いました。
 何べんも何べんも、博多へ生糸を売りに行くうちに、重兵衛さんも立派な若者になりました。
 山の木が、赤や黄色のきれいな葉っぱに色づいた頃です。
 大きな風呂敷包みを背負った重兵衛さんとおっとうが、山道を歩いていると、急に空が暗くなって、ポツリ ポツリ ポツポツと雨が降ってきました。
「わぁ。えらいこっちゃ。大事な生糸を濡らしたらあかんぞ。」
 重兵衛さんとおっとうは、着物を脱いで風呂敷の上に巻き、裸で山道を走っておりました。
「重兵衛。この坂の下の宿屋まで頑張れ。」
 二人は、フウフウ言いながら駆け下りてきました。それで、大事な大事な生糸は濡らさずに済みました。そして、その日は坂の下の宿屋に泊まることにしました。

 次の日の朝、昨日の雨もすっかり上がり、赤や黄色の葉っぱから落ちる雨の滴が、朝日に光っています。
「わぁ、キラキラしてきれいやなあ。」
「さぁ、おっとう行こか。夕方には博多へ着くやろうな。なあ、おっとう。」
 でも、おっとうは、赤い顔をしてまだ布団の中です。昨日、雨の中を裸で走ったのが悪かったのか、高い熱が出たのです。
「おっとう 大丈夫か。」
「ああ、大丈夫や。」
と、起きようとしましたが、ふらふらして立ち上がれません。
「おっとう、無理せんとき。おらが、おっとうの生糸も持って行ったげるから。」
「えっ、お前一人でらくか。」
「らっきゃ、らっきゃ。おら力持ちやで、おらにまかしとき。」
 重兵衛さんは、おっとうと二人分の大きな風呂敷包みを、
「せえの、どっこいしょ。」
と、持ち上げようとしましたが、
「おっとっとっと。」
 ドシンと尻もちをついてしまいました。
「あいたたた。やっぱり二人分は重たいな。」
「そりゃ」重たいから無理やろ。」
「さぁ、もういっぺんや。せえの、どっこいしょ。」
 やっと、重兵衛さんは風呂敷包みを背負いました。
「よいしょ こらしょのどっこいしょ。」
 重兵衛さんは、汗だくで山道を登っていきました。
 山のてっぺんに立つと、冷たい風が、汗でぬれた肌にとってもいい気持ちです。
「あっ、博多の町が見えてきたぞ。」
「よいしょ こらしょの頑張れ頑張れ。」
 やっとのことで、博多に着きました。
「わぁ、着いた。着いた。」
 重兵衛さんは、たくさんの生糸を博多へ届け、とても喜んでもらいました。
 けれども、おっとうのことが心配で心配で、急いで宿屋へ帰りました。
「おっとう、ただいま。どないや熱は。」
「ゆっくり休ませてもろうたお陰で、だいぶようなったわ。ほんまにすまんこっちゃったわ。」
「いいや、ええねんで、ようけ生糸を持って行って、ものすごう喜んでくれたったわ。」
「そうか、そうか、ごくろうはんやったな。喜んで買うてもうたら、ほんまにうれしいこっちゃ。」
「うん、うれしいこちゃけど……。なあ、おっとう、えらいめにおうて、遠い遠い所まで持って行かんでも、おら達が住んでいる大屋村で、博多織を織ったらどないやろ。」
「えっ、大屋で博多織を織る?なに寝ぼけたことを言うとるんや。何にも知らんものに、むずかしい博多織が織れるわけがないわ。」
「それやったら、職人さんに大屋村まで来てもろて、博多織を教えてもろたらええやん。」
「せやけど、博多から、大屋みたいな遠い所へ来てくれてやろかの?」
「来てくれたったらええのになぁ。」
 大屋へ帰ってからも、重兵衛さんは、大屋村で博多織を織ることばかり考えていました。

 何年か経ちました。
「おっとう、やっぱり博多の職人さんに大屋村へ来てもらおう。おら、今から行ってくるわ。」
 ある日、重兵衛さんは、博多へ出かけていきました。
「職人さん、どうか博多織を教えてください。」
「大屋へ村へ来て下さい。お願いします。」
と、何べんも何べんも、頼みました。
 重兵衛さんが一生懸命に頼んだので、とうとう博多から三人、また、博多の近くの小倉から一人の職人さんが、大屋村へ来て下さいました。そして、大屋村の自分の家で、博多織を教えてもらうことになりました。

キーパタン キートントン
キーパタン キートントン

 しかし、重兵衛さんは、博多の大名に「大屋村で博多織を織る」ということは言わずに、こっそりと職人さんに来てもらっていたのです。だから、それを知った博多の大名は、
「うちの博多織を勝手に大屋村で織るとは何事だ。許さぬぞ。」
と、かんかんに怒り、職人さんを捕まえにやって来ました。
「重兵衛、えらいこっちゃ。職人さんが捕まえられそ。」
「えっ、ほんまかおっとう。」
「ああ、早う職人さんと機を見つからんように隠すんや。」
 重兵衛さんは、慌てて職人さんをよその家へ、機を隣村の坂本に隠しました。
「博多の職人はどこだ。」
「どこに隠した。」
「何とかお見逃し下さい。」
「それはならぬ。」
「どこに隠した。」
「おーい、こっちにいたぞ。」
「それ捕まえろ。」
「捕まえろ。」
 博多から来てもらった三人の職人さんは、すぐ捕まってしまい、博多へ連れ戻されてしまいました。
 しかし、坂本に隠した機と、小倉から来てもらっている一人の職人さんは、何とか見つからないですみました。重兵衛さんは、一人残った小倉の職人さんに、機織りを教えてもらいました。すまないことをした博多の職人さんの分まで、頑張って機を織りました。

 キーパタン キートントン
キーパタン キートントン

 毎日毎日、休まずに織り続けました。

「重兵衛はんが織ったった帯、きれいな帯やな。」
「うん、ほんまにええ帯や。うぅん。」重兵衛さんが苦労して博多から持ち帰り、大屋村で始めた「大屋博多」その大屋博多の帯は、大勢の人々に大変喜ばれるようになりました。

  キーパタン キートントン
キーパタン キートントン

 竹に雀はしなよく止まる
 止めて止まらぬ この思い
 何を言うてのじゃ 日の出のわしに
 おまえ入日の 身じゃないか

  キーパタン キートントン
キーパタン キートントン

 いい声で唄う職人さんの声に混じって、大屋博多の機の音が、山々にずうっと響き渡りました。

*北播には、かって「博多織」が重要な産業の一つとして栄えていた。その創業者、市位重兵衛は絹糸商の家に生まれ行商していたが、丹波糸を使って郷里で博多織ができないものかと考え、小倉から一人、博多から三人のを招いて技術指導を仰いだ。しかし、この当時の博多織は、藩から将軍への献上品で、献上品としての希少価値を維持しようとした福岡藩は、藩士を派遣。三人の職人は連れ戻され入牢、獄死という結果を招いた。幸い大屋村は天領であったため重兵衛は難を逃れ、小倉からきた一人 が残って職人を養成。大屋博多は、重兵衛が基礎を築き二代目、三代目にかけて全盛期をむかえた。重兵衛の功績は、西脇を中心とした播州織りに受け継がれている。

大屋博多と高野豆腐
ー八千代町産業発達史ーより