東向き地蔵さま



 仕出原の村はずれに、お地蔵さんが立っておられました。このお地蔵さまは、お日さまの昇られる東の方を向いてにっこり微笑んでおられるようでした。赤いよだれかけをされ、いつもきれいな花がお供えしてあるのでした。
 そのお地蔵さんのところへ、山で遊んできた村の子ども達が、手に手に木の棒を持って下りてきました。
「えいっ!」
「やぁ!」
「とぉ!」
チャンバラごっこを始めました。
「それぇ!」
「やられたぁ」
「今度はおらがいくぞ。 トオ!」
 けん太は、一刀流に構えると素早く振り下ろしました。
   “ポコン”
「あっしもた。えらいことをしてもうた。お地蔵さんをたたいてしもうた。」
 けん太の振り下ろした棒が、お地蔵さまの頭に“ポコン”と当たってしまったのです。
「けん太ちゃん、思いきりたたいたからお地蔵さま痛いいいよってやで。」
「ほんまや、お地蔵さまごめんな。」
 けん太は、あわててお地蔵さまの頭を撫でて謝りました。そして、そおっと顔をあげてみると、にこにこ笑っておられるのです。
「あっ笑とってや。」
 けん太は、ほっと安心しました。
「けん太ちゃんよかったな。」
「せやけど痛かったやろな、今度から気をつけるさかいな。」
とぺこんと頭を下げて、また エイ!、 ヤァ!と遊びながら行ってしまいました。
 秋風が吹き、ススキの穂がサワサワと揺れていました。
 しばらくすると、田んぼのあぜ道をお里ちゃんが菊の花を抱え、おばあちゃんと一緒にやってきました。
「おばあちゃん、この菊きれいやな。ああ、ええ匂いやわぁ。」
 お里が、菊に顔を近づけて匂いをかぐと、ほのかに甘い香りがしました。
「お里は花が好きやのう。」
「大好きや。この菊はお地蔵さまにお供えしてんやろ。そしたら、お地蔵さまもええ匂いやって言うてやろな。」
「おっほほほほ、そうやな。」

 あかいきく ひとつ
 きいろいきく ふたつ
 しろいきく みっつ
 おにわにさいた

「おああちゃん、足痛うないか。」
「ああ、大丈夫や、だいぶようなってきた。」
 そんな話をしながら、お地蔵さまのところまで来ました。おばあちゃんが、早速お地蔵さまの周りの掃除をされるのを見て、お里ちゃんも手伝いました。そして、持ってきた花をお供えして、線香を立てるとおばあちゃんは手を合わせて、
「おかげさんで足もようなってきました。ありがとうございます。」
と拝みました。
 お里ちゃんも、
「おばあちゃんの足が早う治りますように。」
と頭を下げました。
「お里も拝んでくれるか、ありがとうよ。」
「おばあちゃん、お地蔵さまは何でも願いを聞いてくれてんか。」
「そうや、このお地蔵さまはな、ありがたいお地蔵さまなんやで。」
「ふーん、そうか。」
 おばあちゃんは、そばの石段に腰を下ろすと、昔を思い出すかのように遠くを見つめながら、お話をしました。
「おばあちゃんがな、まだ子どもので……、そうやな丁度お里ぐらいの頃やろか。この辺の田んぼは、何処もどろんこの田んぼでな、土田というてな、お米を作るのにそれはそれは大変やったんやで。」
「どの田んぼもドロドロやったか。」
「そうや、膝のところまで土がずりこんでな、前へ行こうおもてもなかなか歩かれへんのや。」
「へえー、膝のところまでドボドボーと入ってしまうんか。」
 お里ちゃんは立ち上がって、おばあちゃんの膝の前で目をバチクリさせました。
「ずうっと昔はな、仕出原はシドロ原と言われとったそうや。」
「シ・ド・ロってなんや。」
シドロ言うたら、いつも水がたまっとってじめじめしとることや。」
「それで、そのシドロ原が仕出原と言われるようになったんや。」
「そうらしいで、そのどろどろの田んぼで、村の人達はよう働いたったも んや。朝から晩まで体中どろんこになってな、一生懸命田んぼを耕し たったんや。」
「えらいことやったんやなぁ。」
「せやからな、働きすぎて腰が痛うなったり、熱を出して病気になる人
 もあったんや。村の人は困ってしもうてな、なんとか病気を治したい、 早う元気になりたいと思い、お地蔵さまをお祭りしてお願いしたった
 んや。」
「病気は治ったんか。」
「毎日一生懸命拝んだった、そしたら何日かすると、すっかりようなっ
 たったんやで。」「ほんま、よかったなあ。」
お里ちゃんは、しみじみそう思いました。
「みんなお地蔵さまのおかげじゃ言うてな、お礼に赤いよだ  れかけを掛けておまつりしたったんや。」
「それで、よだれかけをしとってんか。」
「このお地蔵さまはな、東の方を向いて立っておられる やろ。 それで東向き地蔵さまと呼ばれ、困ったときにはな、何でも
 願い事を聞いて 下さるお地蔵さまだと、沢山の人がお参りするよ
 うになったんや。」
「東向き地蔵さんか……、そうやったんか。」
 お里ちゃんは、お地蔵さまのところへ行き、じっくりお顔を見つめました。
「おばあちゃん、お地蔵さまはほんまに優しい顔をしと  ってやな。」
「そうやろ。」
 おばあちゃんも一緒に、優しく微笑みました。
「お地蔵さま、ありがとうございました。」
 お里ちゃんは、もう一度手を合わせました。


 おばあちゃんの話を聞いてから、お里ちゃんは道ばたの野花を摘んでお供えをしたり、お菓子をもらったときは、一つお地蔵さまにお供えしました。この道を通るときはいつも、
「おばあちゃんの痛い足が、はよう治りますように。」
「今日も怪我をしませんように。」
と拝むのでした。

東向き地蔵さん
  何でも願いをかなえてや
東向き地蔵さん
   いつもにこにこ笑ってござる

 こんな歌が、赤や黄色の葉っぱと一緒に風にのって聞こえてきました。

*その昔、仕出原は、シドロ原といわれる程沼地であった。東向き地蔵さまが立っている所には百マチの田んぼがあったが、鶴林城へ攻める敵の馬が、この田んぼの中で動けなくなりおおぜい死をとげた。また、米作りも大変だったそうな。
(村の人から聞いた話)