(いっちゃ)
一 夜 凍
カン カン カン カン
カン カン カン カン
野間の里では、昔、寒い寒い凍りつくような冬の朝は、いつもこの音が聞こえていました。
健太の家でも、冬になると、遠いところから職人さんが来られ、凍豆腐を作りの仕事が始まりました。そして、毎朝、一夜凍をたたき落とすカンカンという音で目を覚ましました。
この音を聞くと
「ああ良かった。一夜凍がとれたんや。
とうふがうまいこと凍ったんやなあ。」
と思うのでした。
健太には、かわいい友だちがいました。東の山に住んでいるきつねのこん吉です。
今日も健太は、お母さんに作ってもらっただんごを持って、こん吉のいる東の山へ出かけていきました。
「こん吉ー、あそぼうー。」
「コーン、コン。」
「こん吉、今日は、おっかあにつくってもろたおいしいだんごをもってきた んやで、一緒に食べよう。」
「おおきに。コーンコン。健太ちゃんはええなあ。やさしいおっかあがおって、おらのおっかあはな……。」
「ごめん。ごめん。こん吉のおっかあは、食べ物を探しに行ったままなん やなあ。こん吉、さびしいやろ。」
「うん。」
「さあ、一緒にだんごを食べよう。」
「おおきに、ぱくぱくぱく、ああおいしい。」
「こん吉、ようけ食べてええぞ。」
「うん、せやけど、健太ちゃんの分なくなるで。」
「おら、家に帰ったらいっぱいあるから、こん吉にみんな やるわ。」
「おおきに。ぱくぱくぱく、ほんまにおいしいな。」
こん吉は、だんごを全部食べてしまいました。
「こん吉、今度は、もっとぎょうさんもってきたげるは。」
といって、健太は、家に帰って行きました。
健太が帰ってしまって、一人になったこん吉は、なんだかとても寂しくなりました。
「おらのおっか、いつ帰ってきてんやろう。はよう帰ってきてほしいなあ。」
こん吉は、優しいお母さんのことを思い出し、急に走り出しました。日の暮れた暗い山道を下りて行きました。そして、気づくと、いつの間にか、健太の家の近くまで来ていました。
その晩は、キラキラと星が光り、寒い寒い夜でした。こん吉が見ていると、健太の家の戸がガラガラッと開き、お母さんの声が聞こえてきました。
「健太、今から、豆腐出し手伝ってくるから、早う寝るん やで。」
「うん。おっかあも寒いからかぜひかんようにしいよ。」
「大丈夫や。」
そう言ってお母さんは、豆腐小屋の方へ歩いて行きました。こん吉は、健太のお母さんの後をついて行きました。そして、小屋の戸の隙間からそうっと覗いてみました。
健太のお母さんは、職人さん達と一緒に、薄く切った柔らかい豆腐を、長い板の上に並べておられました。
バンバンバンバン バンバンバンバン
白い豆腐が、板の上に次々と並んでいきました。
バンバンバンバン バンバンバンバン
板の上がいっぱいになると、豆腐が倒れないように小屋の外へ運び出されました。こん吉は、
「健太ちゃんのおっかあ上手やな。柔らかい豆腐をうまいことたてて並べ てやなあ。」
と、思いました。
「バンバンバンバン バンバンバンバンか。」
こん吉は、手真似をしてみました。
「バンバンバンバン バンバンバンバン。おもしろいなあ。せやけど、こん な夜になってから豆腐を外に出してどないしてんやろ。凍ってしまうのに なぁ。」
しばらく見ていましたが、
「さっきは、おいしいだんごおおきに。」
と、こん吉は小さい声で、健太のお母さんのお礼を言うと、バンバンバンバン バンバンバンバンと、手真似をしながら山へ帰っていきました。
次の日、こん吉は、山へ遊びに来た健太に言いました。
「健太ちゃんのおっかあ。お豆腐並べてのうまいな。あの豆腐どないなる んや。」
「こん吉、見に来たんか。あれは、一晩外に出して凍らすんや。朝になっ てうまいこと凍ったら、一夜凍いうのができるんや。それが、高野豆腐に なるんやで。」
「ふうん。一夜凍か。おもしろいこというんやな。」
「こん吉、豆腐小屋へ何しにいったんや。」
「あのな、おだんごのお礼がいいたかったんや。」
「こん吉、ほんまは、おっかあに甘えとうなったんやろう。」
「う、うん………。そうやけど、おらが行ったらびっくりしてやろ。」
「そうや!おらに化けたらええ。」
「健太ちゃんにやったら上手に化けられるで。見とってよ。
コーンコン、コーンコン、健太ちゃんになあれ。! パッ。」
「うわあ、うまいうまい、そっくりや。健太がふたりになったみたい。こん吉、それやったら、おっかあにもわからへんぞ。」
「そうかな、へへへへ………。」
「でも、しっぽが見えへんようにな。」
こん吉は、いいことを聞いてうれしくなりました。
凍りつくような寒い夜が何日も続きました。
そんなある晩のことです。こん吉は、お母さんに会いたくなって、今日も豆腐小屋へ見に来ていました。
バンバン バンバンと板の上に豆腐を並べて、小屋の外へ次々に運び出されました。やっと出し終わった頃、急に空の様子が変わり、今にも雨が降り出しそうになりました。家に帰ろうと、小屋の外へ出たお母さんは、大声で言いました。
「職人さん、えらいこっちゃ。雨が降りそうや。外に出した豆腐を小屋の中 へ入れなあかん。」
「そらえらいこっちゃ、豆腐が雨に濡れたら、ええ一夜凍がとれへん。おい しい高野豆腐がでけへんようになってしまう。」
お母さんや職人さん達は、今さっき外に出したばかりの豆腐をおおあわてで、小屋の中へ入れていきました。
その様子を見ていたこん吉は、
「あっ、外にまだいっぱい豆腐が残っとるのに雨がポツポツと降ってきた。 どないしたらええんやろ。」
「そうや、おらも手伝おう。健太ちゃんに化けて、おっかあの手伝いをしよ う。」
コーンコン、ココーンコン
健太ちゃんになあれ!
うまく健太に化けられたかどうか心配で、胸がドキドキしましたが、勇気を出して、健太のお母さんのところへ行きました。
「おらも手伝うわ。」
と、こん吉が言いました。
「健太、来てくれたんか。すまんな頼むで、重たいから気をつけよ。」
「大丈夫や。」
そういって、健太に化けたこん吉は、お母さん達と同じように、豆腐ののった板をヒョイとかつぐと、小屋の中へ運んでいきました。外は寒く、雨がポツポツと顔にあたるけど、気持ちはポカポカいい気分です。
「おっかあの手伝いや、ヒョイ ヒョイ ヒョイ。」
「ええ気持ちや ヒョイ ヒョイ ヒョイ。」
「雨なんかに負けへん。ヒョイ ヒョイ ヒョイ。」
健太に化けたこん吉は、一生懸命手伝いました。最後の一つを運び終わったとき、お母さんが、
「健太、おおきに。よう手伝うてくれたなあ。手が冷たかったやろ。おおきに助かったわ。」
と、お母さんは、ぎゅうと抱きしめて下さいました。
「健太、ここはもう大丈夫やからはよ家に帰ってゆっくりとおやすみ。ごくろうはんやったなぁ。」
「うん、ほな帰るわ。」
こん吉は、お母さんの胸の暖かさを思い出しながら山へ帰っていきました。そして、ぐっすりと眠り込んでしまいました。

次の日の朝方まで、ぐっすりとぬむっとったこん吉は、あの豆腐がどうなったか心配になり、霜で真っ白になった山道を下りて行きました。すると、もう一度外に並べられたあの豆腐が、見事に凍り、朝の光にキラキラと光っていました。まぶしい程にキラキラと輝いていました。
それを見たこん吉は、
「良かった。ええ一夜凍ができたやろな。」
と思いました。
やがて、一夜凍を落とす音が一面に響き渡りました。
カンカン カンカン、
カンカン カンカン。
*門田集落の森脇治郎兵衛の分家定次郎が、農閑期の仕事として高野豆の製造を思い立ち、高野山へ赴き製造方法を研究して帰郷する。江戸時代には五軒に過ぎなかったが明治時代に全盛期を迎える。
寒く凍る夜が続けば朝ごとに、カンカンと一夜凍のとれる快い音が響くが、天候の急変暖冬となると毎夜のように豆腐を出したり入れたりで寝る時間もない生活になる。
八千代町産業発達史より