山と山の谷間に、のどかな大和村がありました。
ずーっと北の方には、笠形山がそびえていました。
むかし むかし その笠形山から杉の実が、大風で飛ばされて、大和村杉ケ谷に落ちてきました。
杉ケ谷に落ちた杉の実は、ぐんぐん ぐんぐん伸びて、羽を広げたように枝を伸ばし、大きな大きな杉の木になりました。その杉の木は、いつの頃からか、『大杉』とよばれるようになりました。
杉ヶ谷には、きつねやたぬき、いのししやうさぎなど、たくさんの動物たちが住んでいました。動物たちは、大杉の下でかくれんぼや、鬼ごっこをしたり、落ちている杉の実で首飾りを作って遊びました。木の陰でお昼寝もしました。
みんなこの大杉が大好きでした。
今日もこん吉は、みんなと遊ぼうと大杉に行きました。
うさぎたちは、杉の実を拾って遊んでいました。こん吉も探しましたが、もう一つも落ちていませんでした。
こん吉は大杉を見上げました。
すぐそこの枝に、杉の実がまだたくさんついています。
「かあちゃん、あの杉の実とってえな。」
「こん吉、また明日になったら、落ちてくるからな。明日ようけ拾うたらええのや。」
「あかんのやー、今ほしいのや。今や、今や。」
こん吉があんまりうるさく言うので、母さんぎつねは、ひょいっと跳び上がり枝に手をかけました。その拍子に杉の枝がポキッと折れて、母さんぎつねは倒れてしまいました。
「かあちゃん、どないしたんや。」
びっくりしてこん吉がゆすっても、動きません。
こん吉のお母さんは、大杉の枝を折ってしまったためか、その日から起きることができなくなり、寝込んでしまいました。
“おいらが、わがまま言うたから、かあちゃんがこんなことになってしもて……。かあちゃんごめんな。今度かららはわがまま言わへんから、早う治ってえな。”
こん吉は、母さんぎつねの枕元にすわってあやまりました。
「かあちゃん、しんどいのか?頭痛いのか?」
こん吉は、頭を水で冷やしたり、手や足をなでたりしましたが、母さんぎつねは、寝たままでした。
こん吉は、林の向こうにたくさん咲いていたげんのしょうこを思い出しました
。
「そうや、かあちゃんが、この草はよう効く薬の草やと、言よったったなあ。あれが効くかもわかれへん。」
こん吉は、急いでげんのしょうこを採ってきて、その汁を母さんぎつねに飲ませました。
でも、母さんぎつねは、少しもよくなりませんでした。
「困ったなあ、どないしたら、元気になってやろう。」
こん吉は、しょんぼりとして、山を下りて行きました。
木々の間を通り過ぎていくと、緑の葉っぱでいっぱいのいも畑が見えてきました。
“わぁ大きないも畑や。そうや、おいもを食べたら、かあちゃんの病気も治るかもわからへん、ちょっとだけもらおう”
こん吉は、いも畑までとんでいきました。
「かあちゃの分だけもらいます。」
と言うと、おいそうないもを一つ掘って急いで帰っていきました。
「かあちゃん、このいもを食べたら元気になれるで。」
こん吉は、自分が食べたいのがまんして、母さんぎつ
ねの口元へ持って行きました。
「こん吉、おおきに。おいしいわ。なんや元気がでてきたみたいや。」
しかし、お母さんぎつねはやっぱり起き上がることはできませんでした。こん吉は、がっかりして、どないしたら元気になってやろかと考えながら、とぼとぼとまた山を下りて行きました。
すると、村の方から、子ども達がまりをついて遊んでいる歌声が、聞こえてきました。
ひーとつ おおすぎ 神さんは
ふーたつ やさしい 神さんじゃ
みーつ おおすぎ 神さんの
よーつ 木の枝 折るんじゃない
いーつつ 病気に なりまする
むーつ おおすぎ 神さんは
なーなつ おいなり 大好きじゃ
やーつ おいなり お供えすれば
ここのつ 病気も なおります
とおーで よいよい なーおった
“あの大杉は、神さんの木やったんか。かあちゃんが知らんと枝を折ったから、神さんが怒ったんやろか。早う神さんにあやまらなあかん。”
こん吉は、急いで村のあげやに行ってあげを一枚もらうと、大きなヤツデの葉っぱにのせて、大杉の木下におきました。
「大杉の神さん、ごめんね。おらがわがまま言うたんで、かあちゃんが枝を折ってしまいました。今度からはよう気をつけるさかい、ごめんな。かあちゃんが早う起きられますようにして下さい。
こん吉は、小さい手を合わせて一生懸命にお願いしました。
そのとき、大杉の枝が「そしよし」というように、大きく揺れ動いたように見えました。
こん吉がとんで帰ってみると母さんぎつねが、にこにこしながら待っていました。
「かあちゃん、ただいま。あっ、もう起きてもええんか。」
「こん吉、おかえり。心配かけたなぁ。かあちゃんは、もう元気になったで。」
母さんぎつねは、こん吉を強く、強く抱きしめました。
“かあちゃん、ごめんな”
こん吉は、暖かな胸の中でそっとつぶやきました。
*中三原の杉ヶ谷中腹に、大きな杉の木があり、笠形からとんできた実が根を生やした。と言われています。今では枯死状態になっていますが、明治時代にこの大杉の枯れ枝を薪にと持ち帰りかまどに入れると、急に目が見えなくなり意識もなくなったという不思議な出来事が起こりました。あわてて、祈祷師を呼び祈祷してもらったところ、すぐに目も意識も戻りました。枯れ枝を持ち帰った人は、大杉には神様がおられるのだと驚き、枯れ枝を元の場所に納めたということです。これを納めたのが、五月十六日だったことから、この日が多すぎの神様を祭る日になりました。
「ふるさとみはらの生活誌」より
大 杉 の 神 様