雨 散 散


 昔、山奥の下三原という小さな村に、六月頃になると、あちらこちらの田んぼからこんな歌が聞こえてきました。
   あでごしに水ゆらゆら     
          ヨイトコリャ
   この田にお米が八石
       チョンコ   チョンコ

 猫の手も借りたいほど忙しい田植え時になると太郎とお咲の兄妹も、朝早くから暗くなるまで、一生懸命に、苗運びを手伝いました。
 そうした忙しい日が、しばらく続いた後は、また元通りののどかな毎日が続きました。

 ある年のことです。何日も何日も雨が降らず、田んぼの土がぱさぱさになってきました。

 

 日が暮れる頃、田んぼからお父さんが帰ってきました。
「おっとうおかえり、しんどかったやろ。心配そうな顔しとってやけど、どないしたったんや。」
「田んぼに水がのうて、村の衆がこまとるんや。どうしたもんかのう。」
「ふうん、どっこの田んぼにもないんか。」
「長いこと雨が降っとらんへんでな。」
 その夜も、次の夜も、空には雲一つなく、星がピカピカ光っていました。田や畑にやる水だけでなく、自分たちの飲む水さえ少なくなってきたのです。村の人達は、困り果てて、集まって相談をしました。
「雨が降らんと、井戸の水もないようになるぞ。」
「ほんまや、飲む水もないようになったら、どないしたもんやろう。」
「稲は枯れかけよるし、大豆もあかんぞ。」
「困ったなあ。」
「ほんまに困ったのう。」
「こないなったら、ありがたい八幡さんにお願いして、雨を降らしてもらおうやないか。」
「せやな、八幡さんにお願いして、雨を降らしてもらおうやないか。」
~なんでも昔に、日照りの日が続いた時に、八幡さんにお願いして、雨を降らしてもらったことがあったそうです。~
 そこで、村の人達みんなで、八幡さんにお願いすることになりました。
 さっそく、八幡さんの境内に集まり、村一番の古老、源助じいさんの指示で、準備にかかりました。ある者は、大きな釜、ある者は、藤かづら、シキミ、お供え物と、次々と境内に運び込まれました。一緒に来ていた子ども達は、いったい何が始まるのかと、目を見張らせていました。
 すると、源助じいさんが、
「その大きな釜に、水をどっさり入れて、湯をどんどん沸かすんじゃ、そいでな、水蒸気で雨を降らしてくれる雲と、神様を呼ぶんやで。」
と言いました。
 それで、大きな釜に、たっぷりと水が入れられ、バチバリと音をたてて、火が燃え始めました。薪も次々とくべられ、一段と火の勢いも増し、ぐらぐらと湯が沸き出しました。
「もっと もっと湯気をだすんやで。」
「よっしゃ。」
 大きな釜から、白い湯気がもうもうと上がり、上へ上へと昇りはじめました。まるで雲のように空いっぱいに広がっていきました。
 子ども達も、初めは遠くから見ていましたが、何か手伝いたくて仕方ありません。だんだんと釜に近づいていきました。
「わあ、よう沸っきょるなあ。」
「ぶくぶく ぐらぐらしよる」
「早う雲に乗って、神様きてないかなあ。」
 そう言って、空を見上げていると、
「おうい、手が空いとる者はこっちへ来てくれんか。」 
と源助じいさんが呼びました。
「今度は、何するや。」
「あのな、湯が沸っきょる間に、この藤かづらで、こうやってな鎖をつくるんじゃ。」
「なあ、おら達も作ってええか。」
「ああ、手伝うてくれ。」
「うん。」
「これを三つつなぐと三石でな。五つつなぐと五石と言われ、それぐらい米がたくさんとれますようにとお願いして、それをシキミの小枝につけるんやぞ。」
大人も子どもも、お米がたくさんとれるようにと、一生懸命作りました。
準備が整うと、いよいよ源助じいさんが、お祈りを始めました。みんなも、シキミの小枝を高く捧げて、一緒にお祈りをしました。

   謹迎再拝再拝敬ッテ申ス…………

 難しいお祈りが終わると、源助じいさんが、なにやら手にして、みんなの前に出てきました。
「みんな、これは、ありがたい御神酒じゃ、みんなに振り掛けるでな、掛かったら『雨散散 雨散散』と言うじゃ。わかったな。」
 そういって、神木杯に入った御神酒を蓮木状のすりこぎで、バラバラ バラバラと振り掛けました。境内のあちらでも、こちらでも、   雨散散 雨散散
と、祈りながら手を合わせました。
 やがて、お祈りも無事終わり、
「このシキミを持って帰って、田んぼの水口に挿し、一日も早う雨が降るようにお願いするのやぞ。」
 源助じいさんが言うと、村の人達は、ありがたいシキミの小枝を手に、次々と家に帰って行きました。
 それから、四・五日たったある日のことです。
「兄ちゃん、いつになったら雨が降るんや。」
「そうやな、お咲、あの田んぼのシキミに、雨降らして下さい言うて、もう一回お願いしに行こうか。」
「うん、行こう行こう。」
 二人が田んぼに着くと、山の向こうが、だんだんと暗くなってきました。
「兄ちゃん 見てん、黒い雲や。黒い雲が出てきたで。」
「ほんまや、きっと雨を降らしてくれる雲やで。」
「なあ 兄ちゃん、神様も乗っとってやで。」
「雨ようけ降ってくるかな。」
その時です。
   ピカ ゴロゴロゴロゴロ
「きゃあ 兄ちゃん恐い。」
大丈夫や、お咲へそとられんようしっかり押さえときや。」
「うん、おへそギュット押さえとくわ。兄ちゃんも取られへんように、おへそ押さえときよ。」
   ピカ ゴロゴロゴロゴロ
 雷が鳴って、ポツン ポツンと、大粒の雨が降ってきました。
「あっ 雨や。」
「ほんまや、雨や雨や。」
「わあ ようけ降ってきた。もっと降れ、もっと降れ。」
 二人は、雨の中を走り回って喜びました。
 お父さんやお母さん、村の人達も外に飛び出してきました。
「やっぱり八幡さんは、わしらを助けてくれたったんや。」
「ほんまや、八幡さんのおかげや。」
「八幡さんは、ありがたい神様や。」
「ありがたいこっちゃ。ありがたこっちゃ。」
「もっと降れ、もっと降れ、どんどん降れ降れ。」
 村の人達は、手を振り狂ったようになって、そのあたりを飛びまわりました。
 そして、それからは、毎年水に困らないようにと、年の初めに、雨散散の行事を行うようになったということです。
 今も、引き続いて行われています。
雨散散 雨散散

*元日の朝、下三原の貴船神社では、昔から「雨散散」という行事を行う風習があります。
 それは、約二百年前「天明年間」に、干魃に見まわられ、田畑は枯渇し、農民は危機に陥った雨乞いの為、慈雨をもたらし、五穀豊穣祈念の為、村人一同が氏神様の八幡大菩薩(元禄七年建立、明治の中期に八幡大明神と改称)に祈願したことが始まりといわれています。    
                          下三原の古文書より